行動しかない毎日 その2
「ふふーっ……あちち……うめっ……」
「ゆっくり食え……おかわりはあるんじゃから」
店に入って数十分、完全に俺の好みで頼んだキムチ鍋を取り分け、2人で鍋をつついていた。
ちなみに、ブラックには外で店に犬用の鍋を渡されている。さすがに犬用があるとは思わなんだ。
「うめっ……! うめっ……! うめっ……!」
「……漫画で見たなそんなシーン」
夢中になってキムチ鍋にがっつく。だってしょうがないではないか。鍋なんて久方ぶりに食う。袖女の飯もいいが、たまにはこうやって外食らしく、全く違う外観の中で食べる特別な料理は美味しいものだ。
「……それで、本題に入ってもいいか?」
雰囲気が少し変わる。ペストマスクで表情は隠れているが、ここから先は仕事の話だと感じるには充分だった。
「んぐ……ほう。ひひぞぉ」
「……少し待つか」
結果、ハカセが本題に入ったのは、口の中のキムチを水で流してからだった。
「ーっくー……待たせたなハカセ……で? どんなんを考えてくれたんだ?」
「いくつか策はあるが…… 1番はまず、戦場を知ることじゃな」
するとハカセはスマホをスワイプし、俺のスマホに画像を送ってきた。
「こりゃ……地図か?」
その画像は地図だ。しかも新潟でも東京の地図でもない。その間、群馬派閥の少し入り組んだ山々の地図だ。
「ワシはそこが戦場になると思っておる」
「そうか。わかった。ここに行けばいいんだな」
「……自分で言うのもあれじゃが……信じるんじゃな?」
当たり前だろう。これまで数々の作戦を立案してきたハカセだ。遂行したのは俺と言う別人物だが、ハカセの作戦がないと成立しないタイミングがいくつもあった。今更信じないなんて選択肢はない。
「当たり前だろ。体が入れ替わった時も俺と同じ症状のやつをドンピシャリと当てたハカセだぞ? これくらい予測しててもおかしくない」
「くくっ、ずいぶん信頼されるんじゃなぁ、ワシも……まぁ、確証を言うのでありゃあ、ここに来る前に東京にいてな……そこで情報を得てたんじゃ」
「……? でも、今回の件は昨日起こったことだぞ? ハカセのスキルで新潟に1日で来れるのか?」
ハカセのスキルはスチールアイで、遠隔操作系のスキルではあるが、新潟から東京ほどの距離は無理のはず。
「"なんでもパン屋"を使って情報を流してもらっていたんじゃ。実際には、数日前に新潟派閥へ出発しておった」
「ああ……なるほど」
なんでもパン屋。かなり前、大阪派閥に出発する前に店を知り、神奈川派閥に潜入する時にも利用させてもらった店で、文字通り、対価を払えば"なんでも"叶えてくれる店だ。
(大阪派閥の時はともかく、結局神奈川派閥での潜入は、大阪派閥のせいでバレちまったんだよな……ま、あれはどうしようもないけど)
「とりあえず、ここにはすぐに行ってくる。で、他には?」
「ひとまず、ワシといつでも連絡が取れるように、スチールアイを渡しとく。それと調べが終わったら連絡せえ。上に連絡して、オヌシを特別扱いしてくれるよう、事前に頼んどくわ」
ハカセからの言葉はまさに渡りに船。こちらとしては垂涎ものの提案だった。
「マジか! ……ってか、ハカセが頼むだけで特別扱いしてくれるようなもんなのか?」
ハカセが新潟派閥の上層部に話しに行けるのにも驚きだし、言い方的に絶対に融通を聞かせてくれるような言い方に感じる。俺が疑問に感じるのは当然のことだった。
「……まぁ、少しツテがあっての……ほれスチールアイをやる。これで今日のところは終いじゃ……ほれ、早く食わんと鍋がまずくなるぞ」
その後、俺たちは鍋をつつきこの場は解散となった。
――――
その日の夜。ワシは旧友に誘われ、高級料亭の一室にて、酒を交わしていた。
「〜っ、かーっ! うまいのー!」
「そうじゃろー? 最近できた酒なんじゃ! うまさは折り紙じゃ!」
いつものようにペストマスクの下からではなく、ペストマスクを外し、直接口に運ぶ酒はなんとも言えない開放感とうまさがある。その酒が良い酒ならなおのこと。
「新潟には昔からうまい酒が多い! ……じゃから、お前とあの時、酒を飲み交わしたかったんじゃがの……」
「んぐ……悪いの、ワシにはワシの考えがあったんじゃ」
「はっはっは! 今更気にしとらんわい! ……我が晩年に、こうやって夢が叶っているんじゃからの」
今一度、ワシらはほぼ同時におちょこに入れた酒を飲む。
「そのことなんじゃが……昔からのよしみで、ここは1つ、話を聞いてくれんか? 震巻」
「ガハハ! 酒の肴になる話であってくれよ? ドクター?」
懐かしい呼び名を聞き流し、ワシは本題に向かって話し始めた。