立ち向かうべき未来
「ワン!」
「おーよしよし……」
彼に置いていかれたブラックの首元を撫でながら、夜風に当たってくると言って出て行った彼のことを考える。
今日1日だけでいろんなことがありすぎたので、少し1人になる時間が必要なのは理解できる。止めるつもりもない。だが、出て行く前のあの表情。疲れが顔に出てるでもなく、不機嫌などでもない。思い悩んでいるのが表に出たあの表情は、引っかかるものがあった。
(……私の動揺が伝わっちゃったのかな?)
夕飯に作った味噌汁。私の分も当然あって、彼が謝った後に私も飲んでみたのだが、明らかにしょっぱかった。だしの量を間違ったのか、味噌の量を間違えたのかわからないが、いつもなら絶対にやらない初歩的なミス。なのに、彼は自分の間違いだったと言っていた。つまり、こちらに気を遣ってくれたのだ。
「考えすぎかな……ねぇ、ブラック?」
「ワウ?」
首元からぽっぺに移動した手の動きを堪能しながら、ブラックは私の問いに首をかしげる。
「ふふっ……」
やっぱり、小動物の仕草は癒される。最初の頃は、触らせてさえくれなかったブラックも、今はこうやって触らせて、私を癒してくれる。
「……! ワウ!」
と、そんなことを考えていた矢先、先ほどまで目を細めてリラックスしていたブラックが急にびくりと反応し、目をカッと見開き、玄関の方へ走っていく。
しかし、こんなことが起きたのは今日が初めてではない。さすがに私もこの生活を続けて長くなる。ブラックがこうして玄関に移動する理由は1つしかない。迎えるために私も玄関に移動し、少し待つと、ドアからノブをひねる音とともに、玄関が開いた。
「お帰りなさい」
「ワン!」
「ああ……ただいま」
彼が帰ってきた。時間にしてものの数分しか家を空けていないのに、彼が帰ってきてくれたと言うだけで、なんだか温かい気持ちになる。
「持つものはありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。悪いな」
「……リフレッシュできたみたいですね」
「まぁな」
明らかに表情が良くなっている。憑き物が落ちた感じだ。なぜそうなったのかはわからないが、とにかく良かったと思う。
「袖女。明日家を開けるぞ」
そして、表情だけでない。目がギラついている。大阪の家で見たあの時の目。闘争を求めて、それが叶った時の目だ。
「はい。待ってますね」
私にできるのは、ただ待つだけだ。彼が帰ってくるのを。