限られた平穏、迫りくる邪悪……と、もう1人
時刻は8時を回り、夜。宿泊施設に到着した俺たちは、袖女は家事、俺は施設で待っていたブラックと戯れる形で少しの間別行動を取った。
別行動といっても、宿泊施設自体が、キッチンとダイニング、そしてリビングがある位でそこまで広くないので、何度か顔を合わせていた。やっぱ別行動じゃないわこれ。
「ワン!」
「ブラック……そうだな。もう夕飯の時間だな」
自宅で待っていたブラックとひと仕切り遊び、今日1日の仕事量の反動でくたくたになっていると、ブラックが口にトレイを咥えながら、おもむろに体の上に乗ってきた。
もうそんな時間かと思いつつ、まだだるい体を持ち上げ、既にキッチンで準備していた袖女に話しかける。
「袖女ー飯はー?」
「できてますよ。ほら、ブラックもあなたも座って」
「あーい」
「ワン!」
いつも通りの日常だ。家具や部屋の間取りが違うだけで、本当にいつも通り。俺が仕事に出向き、ブラックがそれについていき、袖女は家事をして、戻ってきた。俺たちと飯を食べる。
しかし、この平穏にはタイムリミットが存在している。
今までの「予感」とか「予期」とかのそんなもんじゃない。平穏が戦争に変わる明確に決められたタイムリミット。
袖女は特にそれを感じているようで、家事の合間に顔を合わせた時も、こちらに寄り掛かってきたり、トイレで入れ違いになった時も、おもむろに手を握ってきたりしている。よほどこの生活を失いたくないらしい。
(……悪いな。袖女)
俺もこの生活は嫌いではない。自分のできることを仕事にし、金を得るのは達成感があるし、家に帰ったら、自分のことを待っていてくれる面のいい女が居るというのは、悪くない気分だった。
ただ、それでも――――
俺はそう感じつつ、夕飯の味噌汁を少し口に含んだ。
「……? なぁなんか濃くないか?」
いつもなら、味噌と出汁の旨味が感じられるはずの味噌汁から、味噌のしょっぱさが感じられた。
「え? あ……ちょっと味噌を入れ過ぎましたかね。新潟で買ったものなので……」
いや、袖女に限ってそれはない。ということはつまり……
(……いや)
「悪い。今飲んでみたらいつも通りだった。俺の舌がバカだった」
今言うべきでは、ない。
――――
夕食を食べ終えた俺は、そのまま風呂に入り、夜風に当たると言って外に出て、今後のことについて考えていた。
「俺ら側の戦力は……あの龍に、グリードウーマン……偽黒ジャケットに……龍ヶ崎は戦力にカウントしていいのか?」
振り積もった雪で戦力の分だけ雪玉を作りながら、どちらの方が有利かを考察していく。
「あっち側は、四聖に戦争黄金期の化け物ども、有数の兵士たち……」
ネームのある兵士だけで言えば、おそらくこちらの方が多い。だが。
「……騎士団、そして桃鈴才華」
こいつらが全くの未知数だ。昔はこいつらの話しか聞かなかったが、俺自身がいろんなところに身を置いているのもあって、最近はこいつらの話を聞かない。どこで何をしているのかも不明。何なら、今回の戦争に参加していない可能性すらある。
(……だが、神奈川派閥が使い物になっていない今、東京派閥には渋っている時間は無いはず)
出てくる可能性は間違いなく高い。そうなれば……
「必ず殺す。次こそ」
ただ、問題なのは、タイマンでは無いこと。間違いなく邪魔は入るし、あの龍、会議で聞いた……龍ヶ崎震巻、だったか? 戦争黄金期の英雄らしいが、あれレベルの化け物が、しかも複数人東京派閥にいるらしい。
今まで出会ってきた戦争黄金期の人物は3人。白のキングに黒のキング、そして今回味方サイドの龍ヶ崎震巻。実力者たちを退けてきた自負がある俺だが、その3人にだけはリベンジできていない。
「戦争黄金期の遺物……か」
幼なじみにも勝てるかどうかわからないのに、それに加えてそんな奴らが邪魔に入ってくる。望んだ戦争ではあるが、いざ直面してみると、悩むことが多い。
「……ってか、俺が悩んだところで何にな――――」
その時だった。
「何を悩んどるんじゃ?」
聞き慣れた声。俺が間違えるわけがない男の声。雪が降りしきる夜の中、こちらに近づく影が1つ。
「悩むのは……元々、ワシの仕事じゃろ?」
ハカセが、そこにいてくれた。