吐息
でかい。でかすぎる。あまりにもでかい体。
あまりにも荘厳で、何度も言うがあまりにも大きい。スキルという異能が社会に浸透しきり、漫画の世界の能力が当たり前になったこの世の中で生きる私から見ても、その姿は、まるでおとぎ話の世界に入り込んだようだった。
夜の空に微かに見える雲は、龍を避けるように揺れ動き、少し体を動かすだけで、風を切る音がこちらまで響いてくる。
護送するための龍の兵たちを見た時は、思わずテンションが上がってしまったが、それらとは、まったくサイズが違う。何倍どころじゃない。何十倍、いや何百倍も巨大な龍が空を舞っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
(喋らない……誰も……何も)
その姿に魅了されたか、はたまた圧倒されたのかは定かではないが、皆が龍を見つめ、そして何も言わない。鎧の男も、緑タイツの女も、黒ジャケットでさえ……かくいう私もそうだ。ただ見つめ、ただ眺める。
黙りたいから黙っているのではない。黙らされているのだ。
空を舞う龍が、圧倒的に上位の存在だと、脳に直接語りかけてくるように。
「…………問おう」
「!!」
龍がゆっくりと口を開く。
「我が戦友は……あいつらは来ているか?」
声質はとても低く、脳に直接叩き込まれるような声。思わず耳を塞いでしまいそうになる。
「おい……」
「知らねぇよ……なんだよ戦友って……」
龍の問いに、兵士たちはキョロキョロとお互いを見つめ、オドオドとし始める。それを見た龍は、大気が揺れ動くほどのため息をついて一言。
「そうか……来ておらんか……来たら酒でも飲もうかと思っていたのだが……」
戦争中に酒? 意味がわからない。ただ、目の前の超生物は自分の想像を遥かに上回る生き物だと言う事は理解できた。
「なら……仕方あるまい……」
龍は首を天高く伸ばし、口を大きく開け、体をのけぞらせる。
「まずいな」
「っ! 黒ジャケット……どこへ!?」
「見てわからんのか! あれは準備体制に入った! 巻き添えを食らうぞ!」
黒ジャケットの言うとおり、龍の喉元をよく見ると、何かオレンジ色に発光しているのが見て取れた。
(まさか!? ……くっ!)
私も続いて黒ジャケットに続いて離脱する。他にも、緑タイツの女や鎧の男等も離脱していた。
「これをこの戦争の狼煙とし……そして、俺たちの時代の終焉の幕開けとしよう……」
離脱している間にも、大気は揺れ動き、雲が渦巻きを作る。心なしか、地震が発生しているんじゃないかと疑うほどの揺れを感じた。
まるで、世界が震えているような……
そして、喉元の発光が赤に変化したその時、それは放たれた。
「吐息」
龍から吐き出されたただのため息は、大地を焼き焦がし、基地を溶解させ、そして、壁に大きな穴を開けた。