黒いジャケット
防衛基地を支える本部からの補給ライン。それは、防衛基地で戦う兵士にとって生命線であり、その名の通りライフラインである。これが途切れてしまえば、防衛基地はたちまち瓦解し、壁を壊すだけの猶予を犯罪者側に与え、ものの見事に侵入に成功されてしまうだろう。
ただ、だからといって、補給ラインを人数を使って守るなんて事はしなかった。正確に言うと必要ない。
なぜなら、補給ラインによる補給は壁の奥から繋がれていたからだ。そもそもの話、壁を壊さない限り、補給ラインを断つ事はできないのだ。
防衛基地。医務室にて。
「おい! 援軍は……ポーションはどこだ!!」
「もうありません! 薬と包帯による簡単な応急処置しか……!」
「先生!! 急患で――――こ、こんなに人が……」
防衛基地の医務室では、既にベッドの数をはるかに上回る怪我人で溢れかえっており、そのほとんどが応急処置のみで、立ち上がることすらできずに、地べたに横たわっていた。
「くそっ、どういうことだ! 急にポーションと援軍の支給が途絶えた! 上に連絡してもわからないとしか言われない!」
「他の基地に連絡してみます! もしかしたら余りがあるかも……」
「既にした! だが、現状はこれだ……」
先生と呼ばれている男が机を強く叩き、そこそこ広い医務室全体に響くほど大きい歯軋りを立てる。その口からは、一筋の血が垂れていた。
「先生……」
「擦り傷や切り傷ならまだしも……ここで横たわっている患者の殆どは、骨折であったり、大量出血であったりで、本来なら入院が必要な者ばかりだ! 本部から支給される上級ポーションがあるから何とかなっていたのに……これでは……」
これより少し前、ある時を気に、本部からの補給ラインが突如として途絶えた。
そして、その『ある時』は……
「本部は……私たちは捨てたのだろうか……」
偶然? たまたま? "黒いジャケットを着た人物"が、戦場に現れた時と、同じ時間だった。
――――
(中々……減らないな)
有象無象の犯罪者どもの襲撃に合わせて、黒いジャケットを来て戦っているのだが、いかんせん量が減らない。下がらせても、四肢をもいでも、数10人をまとめて肉のボールにしても、ゴキブリのように湧いて出てくる。
ゴキブリは1匹見ると100匹いると言うが、こいつらの場合は、100匹見えたらもう1000匹はいる。と言った感じだろうか。
「やぁっ!」
「邪魔」
右手を上に上げ、向かってきた兵士の四肢を跳ね飛ばしながら、俺はこの先、この拮抗した戦況をどう変えるか思案する。
これ以上にスキルの出力を上げれば、戦況を変えることができるのだろうが……
(……それをするのは、わた……俺のポリシーに反する)
それは無理だ。となると、どうするか。
「このまま時間が経てば経つほど、俺たちは不利になっていく……なら……」
その時、俺は龍ヶ崎ロカの言っていた事を思い出した。
(最悪、戦線を維持しているだけで大丈夫……龍ヶ崎ロカはそう言っていた……)
そうだ。そうじゃないか。なら、こんなところで無理をして、戦況を打開しようとする必要性は無い。
「……ちぃ! もう限界だぜ!」
「イッテェな……チクショぉ……」
周りを確認すると、物量に押されて事切れた者や、長期化し始めた戦場に痺れを切らし、自分の命惜しさに離脱する者が現れ始めた。
このまま行けば、こちらの戦力は勝手に空中分解し、戦線維持が難しくなる。が、龍ヶ崎ロカの言っていた事が滞りなく進行していたら……俺を含む"突出した個人"が耐える事さえ出来れば……
(望みはある……)
と、考えていた。この瞬間までは。
「……っ?」
先ほどまでは、いつも通りに動かし、跳ね返せていたスキルによる攻撃が、ピタリと、時が止まったように動かなくなったのだ。
「これは……!?」
(何か……嫌な予感がする!)
文字通り、炎や雷、氷が空中で静止し、風で揺らめきもしなくなった光景には、どうしようもない不安と、これから何かが起こる予兆が感じられた。
その予兆の期待に応えるように、それらの攻撃は俺と東京の兵士たちの、ちょうど間にうずまき状に集まり、人間サイズの球体を作り上げていく。
(なんだ……いった……ん?)
困惑と不安、これから先の事象に身構える一方で、俺の視界の端には、期待の表情で色めき出す兵士たちが映っていた。
「こ、これって……!!」
「ああ……! この現象……間違いない!」
「やった……来てくれた……! やっと、私たちの頑張りが身を結んだのだ――――」
「四聖様のご登場だぁー!!!!」
兵士の掛け声をトリガーに、球体は一気に爆ぜる。そこから出てきたのは1人の男。
金と白の装飾が施された豪華絢爛な鎧を身に纏った顔立ちのいい男。表情からは強者特有の余裕と傲慢さが感じられる。
そんな男は、ゴチャついた戦場をぐるりと見渡して、とてもドでかい声で言葉を発した。
「ふむ……いささか、戦況は芳しくないようだな!! 諸君!! ならば、四聖の一柱たるこの私が力を貸してやろう!!」