幕間 幼なじみとは
新潟派閥での会議とほぼ同時刻、東京派閥では、新潟派閥からの戦争の情報を入手したとは思えないほど、いつも通り、なんでもない日常が継続していた。
これは、単純に異能大臣による情報操作。新潟派閥に関しての情報を五大老以外に流していないのが主な要因として挙げられるだろう。
本当になんでもなく日常が進んでいて、初めて東京派閥に来た人は気づかないかもしれないが、本当に少しだけ、普段の東京派閥を知っている者しかわからない違う点があった。
それは――――
「……あの方が、いない」
――――
「……ねぇ、やめてくれる? 不愉快なんだけど」
自然に、誰かに聞かせようとする気もなく、登校中に独り言として、ぼそっとつぶやいた言葉。それは隣にいた友燐に伝わり、気分を害するに至った。
「あ、ああ……すまない」
「……ふん」
そうしてまた、無言で通学路を歩いて行く。
あまりにも気まずい空気感だ。文化祭が始まる前までは、そんな事はなかったのに。
文化祭が終わった後、傷ついた桃鈴様は宗太郎に連れられ、保健室の教員を経由し、病院へと運ばれた。
意識はなく、アゴの骨は砕かれる重症。そのせいで、意識を取り戻したは良いものの、まともに喋れず、本人の希望で面会することも許されなかった。
医師の話では、ほとんどの傷が完治しているものの、限界しても何も喋ろうとせず、ただ虚ろな目で窓の外を見つめ続けるだけらしい。
それを見て医師は心のダメージが大きいと判断し、入院を継続。精神科医の医師も呼んでいるが、回復の目処はいまだに立っていないらしい。
……これは……驕りなのだろうか? 自意識過剰なのだろうか? 定かではないが……あの日、あの時、俺が黒ジャケットに勝てていたらと、何度も何度も、脳で、もう1人の自分が囁きかける。お前が勝てていれば、お前がもっと早く優斗と合流できていればと、悪魔のささやきが聞こえてくる。
もう、足りていると正直思っていた。
なんて馬鹿なんだ。何も足りていないではないか。精神力も、忠誠心も、そして――――
(……俺が、もっと強ければ)
強さが、足りない。
――――
……僕はなんなんだろう。
目を覚まして、テレビから垂れ流されているニュースを聞き流しながら、何の変わりもない窓の外の世界を見つめながら、不意に思う。
あの日、あの時、私は誓ったはずなんだ。
この東京派閥には、僕を見て、応援してくれる人たちがいるって、あの女の子と握手して気づいたはずなのに、私がいなくても、さも当たり前かのように、世界は平和に動いていく。
朝から昼、昼から夜。空は何事もなく時間を刻んでいく。そんな空を見ていて思うのだ。
(僕が居ても居なくても……何も変わらない)
僕がいなくても、東京派閥には他にもいくらだって優秀な人たちがいる。あの4人も、その気になれば新潟派閥にだって助けを求められる。今の東京派閥はその気になれば、天下統一だってできる戦力を手にしている。それこそ、最初に言ったように、僕がいなくても……
そう考えてみれば、文化祭の時の僕はなんてバカだったんだ。女の子に手を握られた位で奮い立って、ヒロイズムに包まれて、その結果がこれだ。なんて阿呆なんだ。
そうだ。そう。どうせ伸太だって、僕なんかいなくても、生きてるんだ。
僕は、伸太がいないと駄目なのに。
そんな時だ。
『速報です。神奈川派閥にて、黒ジャケットが突如として出現し、協力者と思われる黒のポーン、浅間ひよりとともに逃走したと言う情報が入りました。黒ジャケットと黒のポーン。浅間ひよりは、どうやら、これよりも前から交流があったようで――――』
偶然、本当にたまたま、ナースさんが勝手につけたテレビを消さず、そのまま放置していたテレビから聞こえてたんだ。
いつもならこの程度のこと、どうせ、テレビ局がネタ欲しさに報道したガセが何かだと思い込み、不安にはなるものの、これのせいでで、どうにかなってしまうほどにはならなかっただろう。
しかし、今は『いつも通り』の僕ではなかった。
「……伸太が、他の女と一緒にいる?」
は? は? はあ?
僕はこんなに思っているのに? 僕はこんなに愛しているのに? 僕はこんなに苦しんでいるのに? 僕とずっと一緒に過ごしてきたのに? 僕をこんなになるまで傷つけたくせに? 僕をこんなにしたくせに? 僕を伸太なしじゃいられなくしたのに? 何で何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデ――――
他の女と一緒にイルノ?
ニュースキャスターの姿の横に、何のエフェクトもなく現れる顔写真。それは男の顔ではなく、僕から見ても、可愛らしいと思える女の子の顔。
こいつが……
その時、点と点が線でつながる。
何故伸太があの時、僕に何も言わず出て行ってしまったのかも、なぜ僕がいないのに伸太はいまだに捕まらず、次から次へと犯罪を成功させているのかも、そして何より、なぜ僕のもとに帰ってこないのかも、全部、全部そうだ。
「この寄生虫がいるから……」
その瞬間、テレビが電子音を奏でて爆発する。何事かと思ったが、右腕が勝手にテレビを壊しているのを見て、自分の心だけではなく、体も怒りで震えてくれているのだと、少し嬉しくなった。
「この寄生虫がいなくなれば……伸太も正気に戻るんだ……」
いわば、この女はハリガネムシだ。宿主の体を乗っ取り、意のままに操るゴミ虫。
許せない。僕の伸太を自分の欲望のままに操っているんだ。これを知ってしまっては、病室でぬくぬくと寝ていてはいられない。
今の伸太を止めるのは、かなりの労力が必要となるだろう。しかし、この女なら、黒のポーン程度の位置にしか着けていないこの虫ならば、容易に駆除できる。
「待っててね……今、自由にしてあげるから……」
重かった体が羽のように、ゆらりふらりと宙を舞った。