譲れない思い
「まず、この戦いは勝とうと思わないほうが良いとだけ言っておきます」
新潟派閥と東京派閥の戦争。その内容として黒スーツが放った第一声は、なんとも不安になる一言だった。
しかし、その言葉には、自然と納得できるものがあった。
「……差があり過ぎるからか?」
「ええ」
何度か言ったと思うが、新潟派閥と東京派閥では、戦力に余りの差がある。それに加えて、東京派閥には支配下に置いた派閥もある。新潟派閥が蓄えた戦力というのが、どの程度かにもよるが、そもそもこの戦いはスタートダッシュから違う。100メートル走で片方の走者だけ最初から10メートル先にいるようなものだ。
(神奈川……は俺が半壊状態にしたから参戦するかどうかわからんが、そもそも単体でも余裕でボッコボコにできるだろ……)
なので、『どうせ勝てないから』勝とうと思わない方が良いということなのだろう。
実際その予想は正解だと思う。俺らフリーからすれば、新潟派閥が滅びようが知ったこっちゃない。『千斬』としても、自分たちのサイトを贔屓にしてくれる奴らが死んでしまうのも困るから、ちゃちゃっと適当にやって帰ってきた方が楽だ。
「日時はこれから1週間後。とは言っても、そこからすぐに戦争となるわけではなく、出番が来るまで新潟派閥の施設で待機。そこから指令を受けて、行動開始と言う形になります。そこから先に起きたトラブルについては、我が社は一切の責任を負いません。そこのところよろしくお願いします」
「……あっち側の施設に入れてもらえるとは、フリーのやんちゃども集まるってのに、ずいぶんとVIP待遇なんだな」
「ええ、ですが、待遇が良いことに越した事はないでしょう?」
「……だな」
(こいつめ……他人事だからって、その後のことはほっぽり出しやがって……)
だが、確かに待遇はかなりいい。死ぬ可能性があること以外は不満点と言える点は無い。
(それに、報酬は白紙……)
この白紙と言うのは、報酬なしと言う意味ではない。報酬は好きなように決めて良いということ。つまり言い値でよいと言うことだ。この仕事を成功さえしてしまえば、これから先、闇サイトで何の関係もない任務をする必要がなくなる。
(……)
「私が言えるところはそこまでです。そこからは、新潟派閥に着いてから、現地の責任者にお聞きください」
「……ああ」
「では、私はこの辺で……」
黒スーツは説明し終えると、ネクタイの襟を少し緩め、頼んだコーヒーを一気に飲み終えると、俺の返答を聞かず、財布からコーヒーの分の金を机に置き、カフェを後にして行った。
普通ならば、こっちの言葉も聞かずにとっとと去っていったことに腹を立てるのだろうが、今の俺にとっては、そんな些細なことはどうでもよかった。
この戦争。俺としては、強くなれる場をもらえるのに加え、東京派閥に打撃を与えられる。まさに一石二鳥……金がいくらでも入ることを考えれば、一石三鳥と言えるだろう。
が、先ほど帰った黒スーツの発言。
(新潟派閥VS東京派閥……周りから見れば見え切った勝負だが……)
だからこそ、大どんでん返しを魅せるのも悪くない。