袖女の思いと早る思い
お待たせしました〜
朝ご飯を食べた後、彼に私、そしてブラックの食器を洗いながら、少し前に外に行くと言い、ブラックを連れて出て行った彼のことを思い浮かべていた。
(……なんだか、楽しそうだったな)
この1週間。充実していたのは間違いない。それは彼にも言えることだろう。しかし、なんだか……何か物足りない。そんな顔をしていた。そして、その理由もわかっていた。
(戦いを……求めてる目だった)
人を殴る快感? 血が熱くなる感覚? 命の奪い合い?
彼がどうしてそこまで戦いに魅了されたのかはわからない。ただ、彼の目が楽しそうになったと言うことは、近いうちに必ず争いごとが起こる。そういうことだろう。
そして、また、彼は危ない目に遭う。
(彼が楽しそうになって、嬉しいんだけど……何というか)
これ以上、危ない目に遭って欲しくない。せっかく、2人の空間と時間を作れたのだから。
このまま、ずっと一緒に――――
(って、違う違う。そういう意味じゃなくて……)
わかっている。わかっているんだ。そういう意味じゃないわけない。きっと、この感情は――――
「ううう〜……!!」
頭を左右に振り回し、その感情を霧散させた。
――――
連絡をもらい、テンションが上がりに上がりまくった俺は、いてもたってもいられず、任務に対して了承の返事を送った後、わがままを言って、すぐにでも任務の内容を聞けるように手配してもらった。
集合場所は近くにあるとあるカフェ。ブラックも連れてきているため、店員に無理を言ってテラス席にしてもらった。
(と、言っても、予定の時間よりも早く来てしまったわけだが……)
仕方がない。ブラックに構って時間を潰すか……そう思っていた時、視界の端で、こちらに向かって近づく黒いスーツの男を発見した。
「……まさか、こんなにも早くに来ていらっしゃるなんて、思いませんでしたよ」
「悪い、内容が内容なんでな……待ちきれなかったんだ」
お互いに自己紹介を終え、一言二言ほど言葉を交わした後、話はすぐに本題に入った。
「……で? 今回の件、新潟派閥と東京派閥の戦争ってのはどういうことなんだ? 戦争するなんて噂、聞いたこともないが」
俺の当たり前すぎる問いに、黒スーツはコーヒーを口に含むと、言葉に焦りを感じさせることなく、落ち着いた感じで返答した。
「新潟派閥は東京派閥と仲が悪い。それはご存知ですね?」
「ああ、その2派閥の仲が悪いのは有名だからな。東京派閥の支配下に置かれながら、何度も何度も反発したって話だし」
あの2派閥はとにかく仲が悪い。上下関係的には東京派閥の方が圧倒的に上なのだが、戦争黄金時代にやられたことの恨みなのか、東京派閥の動きにとにかく難癖をつけてきていた。
(東一の歴史の教科書に載っているほど、有名な話だったが、肝心のなぜ不仲になったかについては、かなりぼやかされていたっけな……)
「ええ。なので、秘密裏に少しずつ戦力を集めていたらしく、それが整ったから戦争を……と」
「まて、それだけか? もっと具体的な戦争を起こす理由は? 戦争なんてでかいことを起こすんだから、具体的な大義名分は必要だろう」
「答えてくれなかったんですよ。あちら側が」
(……答えてくれなかった?)
「……ってか、『剣斬』にわざわざ新潟派閥から依頼が来たんだな」
「ええ。嬉しいことに」
俺のおだて文句に、黒スーツはニコリと笑って対応する。何の変哲もなさそうな会話だが、俺はある違和感を感じていた。
(派閥側から闇サイトに助けを求めるなんて、あるのか? そんなこと)
潜入捜査のために、客を偽って警察官が潜入するってのはよく聞く話だが、闇サイトに自分たちが派閥だと、大々的に公表して依頼をするなんて聞いたことがない。
(これがバレれば相当な損失だぞ……それに、少しずつ戦力を集めてたんだろ? だったら、闇サイトに頼み込んでまでさらに戦力を集める必要なんてなかろうに……)
いや、だからこそか? そうやって、準備をしてきたからこそ、絶対に失敗したくないから、さらに戦力を集めようとしているのかも。
「……内容を説明しても?」
「あ……すまん。頼む」
今は他人の心配などをしても仕方がない。今与えられた強くなるチャンスに集中するべきだ。
俺は気持ちを切り替え、黒スーツの話を聞き逃さないよう、耳を澄ませて待ち構えた。