行く先
……長い。長い潜入期間だった。
最初は体を入れ替えられたことに腹を立てて、その腹いせのため、神奈川派閥を手に入れようとした。
しかし、その目論見は失敗に終わり、黒ジャケットの正体もバレた。俺が神奈川に来た意味。その半分以上が無意味になってしまったのである。
その代わりと言ってはなんだが、神奈川本部の地下に幽閉されていた犯罪者たちの解放に加え、チェス隊を半壊、黒のクイーンを再起不能になったかは定かではないが、ボッコボコにした。
ただ、それでも失敗は失敗。俺の復讐への道は、見るも無惨に蹴散らされたのである。
『俺は一体いつになったら、あの女に引導を渡せるんだ』
そんな将来の自分に対しての不安がむくむくと大きくなり、弾けた。
「朝ですよ〜」
そこにあったのは、俺のよく知る、あまりにも整った顔持つ女の姿だった。
「ん、俺……寝てたか……?」
「寝てたか……? じゃないですよ。朝なんだから、寝てて当たり前でしょう。ほら起きて、朝ご飯できてますよ」
「んお〜う……」
(そうか……寝てたか……)
寝室からリビングを経由し、ダイニングへとたどり着くと、地べたに置かれたドッグフードを食べるブラックを尻目に、椅子に座り込み、テーブルの上に置いてある出来立ての食事を食べ進める。
「…………」
さて、ここまでの俺の愚痴を聞いている人がもしいるのなら、わかるかもしれないが、はっきり言って、今の俺は無気力状態だ。見えていた復讐への路線が消え、正体もばれた。これからの行動は基本表では行えなくなるだろう。となると、ハカセを経由することが主になりそうだが、さすがにハカセ1人に頼るには限度がある。
自分1人で無作為に特攻するのはありえない。しかし、だからといってハカセ以外に思い当たるつてはない。
(未来が見えない……どうしたもんか……)
正直、小規模な派閥位なら、完膚なきまでにズタズタにできる自負がある。それくらいの強さなら得たつもりだ。現にあの幼馴染も殺してはいないが、倒すことには成功している。
しかし、それは別のスキル。別の人間であった頃の話。今の本来の体では、どうなるかどうかはわからない。あの幼馴染みにたどり着く前に、東京派閥に削られて、体力がなくなったところを狙われて人生終了。みたいなことになったらさすがに笑えない。
(かと言って……今からこんな生活にプラスで、ちょっとトレーニングを混ぜるだけで、大派閥をまるごと1人で相手できるようになるのは当然のごとく無理だ……せめて、生死の境を彷徨うような戦いができる場が整っていれば……)
そして、俺は一般的に、危ない考えに走り出す。
(あーあ……どっかで戦争でも起こってくんねぇかな?)
どこかで、戦争でも起きてくれ。そんな危険思想に片足を沈ませ始めた……その時だった。
ピロン。
俺の気持ちを汲んでくれたかのような、あまりにも都合がよすぎる着信音。スマホの画面に映り込んでいたのは、簡単な一文のメール。
『極秘任務 新潟派閥VS東京派閥の戦争に参加せよ! 報酬 白紙 この任務は任意である。「千斬」より』
静かに、平坦に流れていた血が、とてつもない速度で沸騰していくのを、ただただ感じた。