痛みの理由
俺がいつの間にこんなにもムキムキになっていたのか。その理由は、何ヶ月前からトレーニングをしていたとか、プロテインを飲んだとかそんなものじゃない。たった数分前までトレーニングもプロテインも飲んでいなかった。この体になったのは、たった数分前の出来事が原因なのである。
袖女が関所内部に潜り込み、攻略を進めていた時、俺とブラックはその周りのビルの屋上に陣取り、周辺の警戒をしていた。その最中、前から感じていたズキズキとした体の痛みが限界を突破し、その場にうずくまってしまうほどの激痛と化した。
体の節々からシューシューとスプレーのような音が鳴り響き、煙が溢れる。その場に聞こえるのはその煙の音とブラックの心配そうな鳴き声、そして関所から聞こえる戦闘音のみ。
実のところを言うと、かなり前から関所での戦闘音は聞こえていた。しかし、その余りの激痛から動けないでいたのだ。
どれくらい時間が経ったか、痛みが引いて体を確認すると、体が変質し、元も筋肉のつかない性質の体から一変、凄まじいほどマキシマムボディへと昇華していた。
(結果的に強くなってるから良いものの……時と場合を考えて欲しいもんだな)
もし痛みが起きず、関所での音が聞こえた瞬間に到着しておけば、とっとと逃げることも可能だったかもしれない。そうすれば、こんなに面倒臭いことにもならなかったかもしれないのに。
そもそもなぜ体の痛みが発生したのか、思い当たるところはと言うと……
(……もう、あれしか思い浮かばないなぁ)
プロモーション戦前の訓練所。黒のキングに貰ったみぞおちへの一撃。あれが体を変形させるためのものだとしたら、その前に俺の体をペタペタと触り、チェックしてきたのもうなずける。
(……ふん。余計なお世話しやがって……だが、そのおかげでまた強くなれた)
黒のキングに指を突き刺されたみぞおちをさすさすと撫でつつ、俺は自分の体をジロジロと見る。何度見ても誇らしい肉体だ。見れば見るほど自分に対しての自信が溢れてくる。昔はトレーニングジムで自分の筋肉を見て、うっとりする人を見るたびに白い目でその人のことを見ていたが、今ならわかる。あれは自分への自信につながっていたのだと。
事実、俺はこの戦いにおいて、最初から最後まで勝てる自信しかない。少し予想外なことはあるにはあったが、充分許容範囲だ。
そして戦闘中にも自分の肉体を眺め、自分がこの肉体になった理由、そして自信を心の中で語っている。この心の余裕、そしてそれを思う時間を作り出した己の強さ。
だからこそ、自分の強さはこの程度ではないことが自然と理解できた。
(今の3連撃を使ってこの程度の被害なわけがない。何せ闘力も反射も使ってるわけだからな……なのにこの程度の被害と言うことは……)
俺本人にしかわからないことだが、反射を使う時と使わない時では、独特の感触の違いがある。使っていない時は『押して出す』かんじなのだが、使っている時は『触れて吹っ飛ばす』感じなのだ。しかし、俺はこの戦いを通して、使っていないとの感触しか感じていない。使っていても同じ感触だ。
ここからわかることは、黒のクイーンは俺の『反射』に対して何かしら中和する能力を持っているということ。それに建物。それも高層ビルレベルの巨大建造物を1度にいくつも破壊し、パイルバンカーに加工する自由度を考えると、ある1つの仮説にたどり着く。
(やつの能力は……重力を操る能力だったりするのか……?)
思い出してみれば、黒のクイーンとのファーストインプレッション。初会合したあの時も、明らかに重力を操ってますって感じの吹っかけをしてきた。
もちろんこれは仮説であり、黒のクイーンの能力の本質はもっと別にあるのかもしれない。だが、重力を操るようなことはできるのは、今までの動きを見ても明らかだ。
(なら……)
今の黒のクイーンは、俺に対しての近距離戦で圧倒的な不利を背負っている。それは間違いなく黒のクイーン自身も自分が不利だとわかっているだろう。だからこそ、先ほどから誰でもやるような瓦礫を使っての遠距離戦を何がなんでも制そうとしているのだ。
そして、黒のクイーン視点での有効打は俺のミスによって生じた不意打ちのみ。これから先、黒のクイーンはとにかく不意を突こうとしてくるだろう。
(……マーキング、か)
黒のクイーンと言う素材。その調理方法が決まった。