肉体 その3
3人称視点です。
砂煙の中から空中へ、弾丸のように田中伸太が射出され、それに遅れ、砂煙が田中伸太に吸い寄せられるように続く。出来上がった逆キノコ雲は、ある種の芸術とも見て取れた。
そして、その芸術の中に練り込まれた緻密な戦術。一見、空に向かって脱出するのは移動するための足場がなく、その次に対する対抗札が無い分、その場しのぎの緻密とはかけ離れた動きに見えるが、ダストジャンプや空気反射がある田中伸太からすれば、空中に漂う空気やホコリ全てが足場のようなもの。空中に世界を移すのは、むしろ地上より逃げ場が多いのだ。
『田中伸太は空中でも移動できる』この知識を大前提に知っておかなければ、空中へと脱出するなんて、それこそ思考の外だ。驚き、一瞬動きが遅れてしまうのも無理はない。
「読めてるのよ……それ」
しかし……この女、黒のクイーンは、その『前提』をクリアしていた。
パイルバンカーを回避するため、田中伸太の起こした砂煙は、確かに田中伸太の姿を黒のクイーン視点から消した。だが、それは田中伸太も同じことであったのだ。
田中伸太の姿が黒のクイーンから見えなくなったように、黒のクイーンの姿も、田中伸太から目視することができなくなっていた。なので、黒のクイーンが自分の頭上へ待機していたのを、田中伸太は全く気づいていなかったのである。
それだけではない。黒のクイーンが足場に利用していたパイルバンカーも当然、黒のクイーンとともに待機していた。
田中伸太のスキル『反射』しかり『闘力操作』しかり、力が強大な分、1度発動してしまった力に急ブレーキはかけられない。いや、かけられないことは無いのだが、それでもどうしても一瞬では止まれない。
次に、自分に起こる出来事なんて、わかっているのに。
(ぐっそ……!!)
田中伸太にできることはせいぜい両腕を頭の上でクロスさせ、少しでもダメージを軽減しようとする『無駄な足掻き』だけだった。
田中伸太が『無駄な足掻き』をした瞬間に、パイルバンカーは射出される。腕の節に感じる痛み、関節でも何でもない肘から手首にかけての真ん中の骨が悲鳴を上げる感覚。いくら闘力操作で肉体を強化しているとは言え、パイルバンカーによって二段階の加速を持った杭は、骨を折るほどの破壊力では無いにしろ、瞬間的な痛みとしては間違いないほどのダメージを与えた。
パイルバンカーによって田中伸太は地面に向かって急速に落下していく。そして腕は痛みによってうまく動かせない。つまり……
(まずい! これでは受け身がとれない!)
それに加えて、黒のクイーンは未だにパイルバンカーを足場にして頭上にいる。パイルバンカーは一度きりの使い切り武器ではない。そしてこのチャンスを見逃す黒のクイーンではないことも確かだ。つまりこのままでは追撃は必至。
「空気反射!!」
……が、これを通す程度の実力なら、田中伸太はここまで生き残ってはいない。地面に激突する瞬間、空気反射を発動し一瞬浮遊。その間に足の裏を地面につけ、体制を整えた。受け身の取れない状況に対応して、明確な回答を用意したのだ。
想定通りパイルバンカーが襲ってくるが、田中伸太は既に体制を整えている。結果、無理をすることなく回避に成功。パイルバンカーは地面に激突し、ドームのステージに大きな亀裂を入れた。
それと同時にパイルバンカーを足場にしていた黒のクイーンも地面に着地し、お互いに向き直る。互いにワンクッションを取った形だ。
(遠距離にはなんとか対処できている……できているが、それだけだ。そこから反撃に転じれない……)
(遠距離対決は私に分があるわね。でも結局当てれたのは一発。生半可なものでは回避は容易にされてしまう……遠距離一辺倒ではダメね。何かあれば……)
勝負がなぜここまで拮抗しているのか。それには2人のスキルが関係していた。
黒のクイーンのスキル『引力』。田中伸太のメインスキル『反射』。この2つは対象を弾き返すと言う点等、類似点が非常に多い。
お互いにスキルが似ている分、対処法も互いに知っている。拮抗するのはそれが理由にあった。
しかし、それゆえに――――
「……発射準備、完了」