山頂
紆余曲折の時を得て、ついに対面した黒のクイーンと黒ジャケット。偶然か必然か、黒の名を持つ者同士の戦い。その一手目は……
パチン
手編みのセーターから鳴く静電気のような音のみで終わった。
「っ……!」
「ふん……」
唯一の人間の当事者である浅間ひよりは、先程の田中伸太の発言のせいで、目をぐるぐると回し、脳みそがぐちゃぐちゃになっていたため、何が起こったのか確認できなかったが、人間ではない。もう1人の当事者……いや、当時犬であるブラックは、一見パチンと静電気が発生したような音しかしなかった2人の一手目を見ていた。
「ワウ……」
ブラックの目には映っていた。目にも止まらぬ速度でお互いに距離を詰め、拳の打ち合いを行った2人の姿が。
今の一瞬で起こったことを説明しよう。
まず、お互いに距離を詰めた後、主人である田中伸太から先に手を出した。スキルの関係上、黒のクイーンは後手でも対応できるからと言う理由はあるだろうが、単純に田中伸太の方がほんの少しだけ速かった。黒のクイーンはスキル『引力』による速度のアップだけだったが、田中伸太は『反射』に加えて『闘力操作』による肉体強化が入っていたのが大きいだろう。
田中伸太から飛び出した大振りの拳。大振りとは言っているが、ここまでの速度の戦いになると、もはや大振りには見えないほどの速度を持った一撃へと昇華していた。
対して黒のクイーンは左手のひらを開き、拳の着弾地点に持ってきた。
そのまま黒のクイーンの左手のひらに叩き込まれた拳は、破裂音を立てることなく受け止められた。
黒のクイーンは左手のひらに拳が入った瞬間、拳に合わせて左腕を大きく後ろに下げたのだ。こうすることによって、本来、左手に伝わるはずの衝撃を外に逃した。
が、田中伸太はその程度の事など折り込み済み。反射を発動しなかったのも、この次の攻撃である髪の毛を当てるためだ。
自分の髪の毛を縦にまっすぐ伸ばし、エリアマインドで予め死角にセッティングしていた。これが目に直撃すれば、大きな攻撃の隙が生まれる。
隙が生まれるはずだったのだが、なんと黒のクイーンは直前まで見えていなかったにもかかわらず、右手で髪の毛をしっかりキャッチ。この時、髪の毛を掴んだ衝撃で、小さくパチンと言う音が鳴った。
プランが崩れた田中伸太は、足をなめらかに滑らせて後ろに後退。黒のクイーンも示し合わせるかのように後ろに下がった。
この1連の流れ、動作を見て、改めてブラックは思った。
やはり、自分の主人は特別だと。仕えるべき主君だと。