日常生活 その6
プルルルルルルル。
壁や床、物体を叩く音に巻き込まれながらも、確かに耳に届いた着信音に気づいた私は、自由な両手でポケットの中を弄り、スマホを取り出し、画面の着信ボタンを親指で押した後、画面を耳につけた。
『斉藤様!! 大丈夫ですか!?』
電話の先にいたのは黒のルーク、天地凛。私直属の部下であり、私ほどではないが、かなりの実力を持った人物だ。
「凛……どうしたの?」
電話をかけてきた理由は何となくわかるが、私の中の意地悪な心が働き、凛側から言わせるように誘導した。
『絵理子様からお話を聞きました。今どこにいらっしゃるのですか!?』
焦り具合でわかる。私の居場所を知ったとたん、すぐにでも向かうつもりなのだろう。だが、私が狙うのは黒ジャケット、田中伸太。今でこそ、凛でもついていける次元の戦いだが、それは相手が浅間ひよりだからと言うだけの話。田中伸太との戦いに発展した瞬間、戦いは一気に天地凛と言う人間を置き去りにするだろう。
故に、この関所に凛を呼ぶことは逆に悪手になる可能性が高い。
(私のスキルに巻き込んでしまうかもしれないしね……)
「別に大丈夫よ凛。無茶はしないから……それに、あなたは信用していないの? 黒のクイーンの力を」
『ですが……しかし……』
それでも食い下がってくる凛だが、私には時間がたっぷりある。いつものように、焦ることなく凛を説得し続けた。
――――
レンガの模様を彫った合成ゴーレム。それらは隊列もクソもなく、まばらに動きながら、私を狙ってきていた。
(ちっ……頭数を増やされたのは厄介ですね……でも、この程度の数なら……!!)
いくらゴーレムを生成したとは言え、正確な数は6体。しかもただの鉄らな何やらの不純物の塊だ。これ以上に硬いものを壊してきた経験は山ほどある。
しかも、鉄やら何やらの不純物程度なら、フラッシュナックルを使わずとも、オーラナックルで破壊できる。こんなもの、黒のクイーンの言葉通り遊ぶどころか、時間稼ぎにすらならないだろう。
戦闘中に電話など、赤子が聞いてもわかるほど論外な行為だ。それをしてしまうと言うことはつまり、黒のクイーンはこれらのゴーレムによほどの自信があるのだろう。
(余裕ぶって電話なんてして……その油断が命取りになるんですよ!)
私はオフィス中を飛び回り、ゴーレムがうまいこと全員並列になるように調整、オーラナックルを発射した。
だが、オーラナックルはゴーレムの体に傷をつけることはなく、風圧によって、一瞬、体はぐらついたものの、それだけで、体を破壊するには至らなかった。
(何が……!?)
私は戦闘に支障をきたさない一瞬のうちに、なぜゴーレムを破壊できなかったのか思案する。
(威力を抑えすぎたか……? いや、だとしても、鉄やらスチルやらの集合体ごときが、私のオーラナックルを真正面から受けて耐えられるわけがない。となると……)
オーラナックルを安全に発射するため、ゴーレムからは距離をとってしまっている。ゴーレムが壊れなかった原因を確認するためには、近づくことが必須。
「思いっきり……!」
オーラを体中。特に足に巡らせ、肉体を強化させ……
「近づきますよ!!」
壁を足場にして、ゴーレムの元へと一気に近づき、そのうちの一体の目と鼻の先までたどり着くと、そこで急ブレーキをかけ、急に方向転換。当然、凄まじいスピードでゴーレムの体の周りを半周し、ゴーレムのちょうど真後ろへ移動。そこから間髪入れずに右手を握りしめ、首の付け根辺りを狙って振り下ろす。
「…………」
人工物では、決して反応できないほどの速度……だったのだが、まさかのまさか、ゴーレムは私の速度に反応し、首を180度曲げて私の姿を視認すると、腕をあらぬ方向に動かして私の腕を掴み取った。
「こいつ……!」
(人間じゃ無理な関節の曲げ方を……!? それに、この力は……!?)
攻撃に使った腕を容易に掴み取る握力。力を入れて手ごと破壊しようとしてもできない硬度。明らかにスキルの効力が、ゴーレムの形を作るだけでなく、ゴーレムの強さにも影響していた。
「……ん?」
しかし、私の腕を握りしめる手の力。これがなんとなく、普通に握りしめられた時の感覚と何か違っていた。
(なんか……腕に伝わる圧力が、嫌に統一されてると言うか……)
そこで私ははっとなる。現在、ゴーレムに束縛され、身動きが一時的に取れない状態。周りには他のゴーレムもいるし、今考えてしまっては、四方八方から攻撃を受けてしまうだろう。
「とにかくまずは……!」
このままではゴーレムに何をされるかわからない。そう考えた私は、掴まれた右手の形を握り拳から手刀の形へと変更し細くすると、瞬間的に引き抜く力を加えた。
「ふんぬっ!!」
思わず口から出たヘンテコな掛け声により、とりあえずゴーレムの束縛から逃れることに成功した私は、高速で空中を移動し、一目でオフィス中を見渡せる位置へと移動した。
(危なかった……)
「いっ……」
無意識的に握られていた右腕を庇うように触れた瞬間、握られていた腕がピリリと痛んだ。
確認してみると、右腕がパンパンに腫れているではないか。おそらく、というか間違いなく、ゴーレムに掴まれた影響だろう。
(強く握られすぎて、痛覚が麻痺していたのかな……それでも、この痛みでは……)
もう使えない。と言うほどではないが、今まで通りに動かすことは不可能。ぬるっと私最大の武器を制限されてしまった。
そんなこんなでなんだかんだ苦しんでいる私に対して、ゴーレムを召喚した張本人である黒のクイーンは、未だにスマホと睨めっこしていた。
「ん〜……あ、今これセールで安い……」
(あ? セール?)
電話の次は通販サイトでネットサーフィン。まるで何事もない日常をすごしているかのようだ。ある程度は予測していたことだが、予測していた以上にとことん私をナメ腐っているらしい。
「……舐めやがって」
思わず、私らしくない荒い口調でぼそりと呟く。
(……けど、なんとなくわかった)
黒のクイーンのゴーレム。その強さの秘密と、その攻略法を。