日常生活 その5
衝撃を町中に伝えるための動力源だったはずの地面や瓦礫の動き。振動。それら全てが、まるで最初からなかったかのように、静寂の時を刻んだ。
(こんなことが……)
思考スピードと判断の速さは、間違いなく私の方が上を言っていた。それだけは間違いなかったはずなのに、それらを全て通した上で完全に止められた。
完全な後出しじゃんけん。
戦闘において、完全に後手に回ることは事実上の圧倒的不利を意味する。ただの不利ではない。圧倒的不利だ。だが、黒のクイーンはこちらに行動を通させた上で、スキルを使って動きを封じてきた。
後出しになっても勝てる。これすなわち、戦闘においてかなりのアドバンテージだ。
(見てからの制御……!)
私の最高火力であるフラッシュナックルが通用しない。黒のクイーンにリスクを与えず、その事実を黒のクイーンに教えてしまった。
もはやこれから先、フラッシュナックルの衝撃でどれだけ助けを呼ぼうとしても、黒のクイーンに見てから容易に止められてしまうだろう。
(こうなったら……)
「私に本当に攻撃を与えて、その余波で伝えるしかない……」
「っ!」
私の思考を読んだのか、黒のクイーンはたった今、私が思ったことを代弁するかのように話し出す。
(ぐっ……)
私は額に汗をながし、何とか冷静さを保とうとしながら、ギョロついた目で辺りを見渡す。
(周りにあるのは……散乱したテーブルやパソコン……)
しかも単純に戦える場所が小さすぎる。これでは戦闘中の工夫も制限されてしまう。私と黒のクイーンのスキルには半端じゃないほどの地力の差がある。それを埋めれる工夫と言う手札が制限されるとなると生き残れる可能性はかなり低――――
「考えすぎ」
その瞬間、脇腹をやり状の突起物が貫いた。
「ぐぶっ……」
(しまっ……)
改めて見せつけられた自分と黒のクイーンとの圧倒的差。それに加えて先ほどのこちらの考えることを読み切っているかのような発言に私は強く動揺してしまった。その動揺を埋めるための思考をするための時間。それが産んでしまった隙を突かれた。
脇腹から沸く血を両手で抑えつつ、痛みにより片膝をつく。
(ここへ来て……なんて凡ミス……!)
戦闘中の長考は自殺行為。そんなことは脳裏に染みつくほど理解しているはずなのにやらかしてしまった。例えるなら、大会を控えた選手が、練習で嫌と言うほど練習したことを本番でミスってしまうように。
だが、思考しないことには始まらない。ゴリ押しでどうにかなる相手では無いのだ。彼のように、考え尽くさなくては。
だが、そういう時に限って、いいアイディアが思いつかないのが世の中だ。
(くそっ……いくら考えても……)
出ない。出ない。出てこない。いくら考えても、考え尽くしても、黒のクイーンの引力を突破する手立てが見つからない。
(いくら工夫をしても、最終的には攻撃をぶつけることになる……だけど、それを後出しで止められるんじゃあ……)
そんなの戦いにすらならない。私みたいなインファイターなら尚のこと。
「ん〜……じゃあ、こうしましょう」
そんな時、行動を起こさない私の姿を見かねたのか、黒のクイーンが両手をパンパンと叩くと、そこら中に散らばっていたテーブルや椅子、パソコン等の小道具がガタガタと動き出した。
「一体何を……!?」
「ずーっとこのままだとらちがあかないから……私から動いてあげる。黒のクイーンたる私から動いてもらえること、感謝しなさい」
動き出したテーブルや椅子は、複数の場所に集まりだし密集。形を留めることなく、それらはグニュグニュと不快な音を立て、ただの塊となり、形を変えていく。
次第にそれらの塊は人の形となり、急速に変形。レンガの模様が刻まれ、ガチムチな男よりの手足が形成される。
(人……?)
それは完全な人型の物体。RPGの敵キャラなどで知られるザ・敵キャラ。
「遊んでやりなさい。ゴーレム」
あらゆる素材がめちゃくちゃに合わさったゴーレム。それも一体ではない。複数体が、私を狙って歩き出した。