日常生活 その4
床にフラッシュナックルを叩き込み、大きな音とともにめくり上がるはずだった地面。それは音を立てることもなく、いつもの日常のように、静寂が続くのみとなった。
(っ!? 何が――――)
無論、それは私にとって衝撃の事実。目の前で起きているであろう異常を確認しようと、地面に向いていた視点を上へと上げた。
そこにあったのは、不自然に空中で静止した瓦礫。そして……
「……まぁ、こんなものよね。あなただもの」
冷めた目でこちらを見やる黒のクイーンがいた。
その目を見て、思ったこと。それはただ1つだけ。
(バレていた……!)
たったその、一言だけである。
――――
浅間の手が光を放ち、思わず瞼を閉じてしまいそうな輝きを生み出した時、私は浅間とイズナのプロモーション戦を思い出した。
あの時の浅間は、絶対に勝つと言う意思が感じられるとともに、新技であろう光の拳、そしてそこから放たれる光弾の強力さが目立っていた。
はっきり言って、あの時の浅間ひよりからは、狂気と脅威が感じられた。
だが、今の浅間からはそれが何も感じない。まるで別人を見ているかのようだ。
(もしくは……戻ったか)
とにもかくにも、プロモーション戦と同じ構え、同じ輝きを拳に宿しているにもかかわらず、プロモーション戦の時と比べて弱く感じる。
(まるで、私を相手にしていないかのような……いや、まてよ?)
通常、的に向かって攻撃しようとする時には、どうしても相手に向かって殺気や覇気、気配がするものだ。
まぁ、ハイパーやマスターランクレベルのスキルを持つ強者だと、一部例外的に、それすらも消せる化け物は存在するはするが、残念ながら浅間はそれほどまでに強さを極めた化け物ではない。私が感じ取れる程度には、殺気や気配がするはずだ。
それがないと言うことは……
(目的は……!)
私ではない。そう思考を読み切ったのも束の間。浅間は私の読み通り、私ではなく、自分の真下にある床に向かって拳を振り下げた。
さすがの私と言えど、既に着弾した攻撃を防ぐことはできない。私はそのまま、地面に這う衝撃による揺れを、肌身で感じることしかできなかった。
わけがなかった。
(私のスキルなら……始まった後に止められる)
引力はすべての物質が持つものだ。人の体はもちろんのこと、物体なら、生物であろうと、非生物であろうと持っているもの。
なので、私は浅間の光の拳による衝撃により、浮き上がった瓦礫や床の壁。地面にも、引力のエネルギーを加え、動こうとする運動を無理矢理停止した。
詳しく言えば、瓦礫たちにS極の力を、空気中にN極の電化を加えて、別の所と反応しないように色々と調整をする複雑な工程を踏んでいるのだが、いちいちこんな説明をするのもめんどくさいので、引力のエネルギーと省略させてもらおう。
そうして、浅間が地面に加えようとした衝撃は、私のスキルによりなりを潜めた。
まるで、もともとそこでは何も起きていなかったかのように。
「……まぁ、こんなものよね。あなただもの」
もしもの話だが、浅間が光の拳を直接地面に叩きつけることなく、光の拳から、私に光弾を打ち込んでいれば、もしかしたら適切な引力のエネルギーの与え方を間違えて、攻撃がヒットしていたかもしれないのに。
(……わかっていたことね。彼女だもの)
浅間ひより程度の人間が、私とまともに戦おうとするわけがない。