日常生活 その1
渾身のボレーシュートによって発射された床。それは私から見て黒のクイーンの体の全面を隠しつつ、黒のクイーンを押しつぶさんとしていた。
が、いくら床と言っても、言い方を変えればコンクリートでできたただの板にすぎない。
「邪魔ね」
その一言で、黒のクイーンに向かっていたはずの床の一部は、ビタリと停止する。物理法則では証明できないありえない現象。黒のクイーンのスキルによる影響に他ならなかった。
(そんなの想定内ですよ!)
それでも私は止まらず、床の一部に隠れつつ、黒のクイーンの近くまで接近。右手にオーラを溜め、オーラナックルを放つ準備をする。
ここでフラッシュナックルにしない理由は、フラッシュナックル発動時の光によって、バレてしまう可能性を少しでも下げるためだ。
(私と黒のクイーンの間にあるのは床の一部のみ……発射する瞬間に横に飛べば、間にあるものはなくなる!)
結果的に言えば、現実は私の思い通り、床の一部が止まった瞬間、足を強くグリップして、黒のクイーンから見て体の左側に飛ばすことに成功。溜めの時間をゼロにして、黒のクイーンの目線がこちらに向くことなく、オーラナックルを発射した。
ただ、ここであることが起こった。
歪んだのだ。目の前の光景が。
「っ!?」
気絶する前の比喩表現でも、めまいでもない。正真正銘、私がオーラナックルを放った点を中心に、空気中に歪みが発生したのだ。
その歪みはオーラナックルを放った点を中心に、何か柔らかい毛布のようなものに、丸い球体をぶつけた時のような歪み。
「ひどいわねぇ、床を隠れ蓑にするなんて……」
やっと黒のクイーンの目線が追いつき、私の方向を向くと、人差し指をこちらに向け一言。
「卑怯ね。まったく」
その瞬間、歪みはバネのように元に戻り、腹に強い衝撃を加えてきた。
「あがっ……」
後ろに吹っ飛んでいく最中、私は腹に入った強衝撃について考えていた。
(これは……弾き返された!?)
まるで砲丸のような見えない一撃。後私はそれに見覚えが……いや、他の誰よりもよく知っていた。
(私のオーラナックルを……!)
他の誰よりもよく知っている。私だけのスキルの力。見えない攻撃は私の代名詞。オーラナックルを『反射』してきた。
それこそ……彼のように。
「ぐあっ!?」
その後、後ろに吹っ飛ぶ力に逆らうことなく、壁に激突した私は、その勢いのままに壁を突き破り、別の部屋まで吹っ飛んだ。
「痛ったぁ……」
壁と激突した背中はさほど痛みは感じない。しかし、弾き返されたオーラナックルをモロに受けた腹からは、しっかりと痛みが感じられた。
(血は……出てないけど……内出血に……あばらは確実に持っていかれたなー……これ……)
小さな体に感じた確かなダメージ。だが、もう再起不能になるほど……と言えるほどではなかった。
(今のは……間違いない。床の一部を空中で静止させたのと同じ。黒のクイーンのスキル……引力によるものか)
ご存知の通り、私は元黒のポーンであるため、チェス隊メンバー全員のスキルをある程度ではあるが、把握している。
もちろん、黒のクイーンのスキルも。
スキル名 引力
スキル所有者 斉藤美代
スキルランク master
スキル内容
物を引っ張る力を自由自在に操れる。操れる数に限りはあるが、ほぼ無限に等しい。効果範囲は20メートルほど。
引力。それは重力以上に絶対的な、この世に存在する物の法則。それは何者にも、捻じ曲げられることは無い。
無論、魅せられることもなく……