機動
斉藤さんと……いや、黒のクイーンと戦う。そう自覚した時、私は体がズシっと重くなるのを感じた。
黒のクイーンのスキルでもなんでもない。黒のクイーンと戦うと決めたこと。その事実が、精神的な負担となって、我が身にのしかかっているのだ。
まるで、自分の体重が倍になったかのような、そんな感覚。
が、黒のクイーンは待ってくれない。
「いくわよ……」
黒のクイーンは人差し指を上に上げて一言。
「天上天下」
その言葉と共に、そこら中に散らばっていたテーブルや椅子、テーブルの上にあった資料や電話を宙に浮かせ、私に向かって射出した。
「ん!」
が、今更その程度の攻撃で動揺する私ではない。ファイティングポーズをとり、両手にオーラを纏わせ、柔道の要領で飛んでくる物体を受け流していく。
(この程度なら……田中イズナの剣結界の方がよっぽど厄介だった!)
「さすがは元黒のポーン……この程度ならお手の物……私の元部下とは言え、少し誇らしいわ」
「それはっ……ありがとうございます……ねぇ!」
やがて私はすべての攻撃を受け流し、フラッシュナックルを発動しようと、右拳をギュッと握りしめた。
「なら、これはどうかしら?」
黒のクイーンはさっきと同じようにテーブルを浮かべ、右手を私と同じく、ギュッと握り締める。すると、浮かんだテーブルはメコメコと嫌な音を立て、手で握り込み、隠せるほどの大きさの金属ボールに変形した。
「行け」
金属ボールに変形したテーブルは一気に加速。今まで以上の速度で私に向かって飛んできた。
「っ!」
私はそれに対し、すんでの所、超ギリギリ、自分の体に着弾する寸前に何とか反応し、ほぼ反射的に体を後ろに飛び跳ね回避した。
さっきまで私がいたところには、音の1つもなく、小さくも底が見えないほど深いクレーターが出来上がっていた。
(なんつう貫通力……もらったらひとたまりもないですね……)
さらには……
ドン。
「……二発目」
「……っあ!」
黒のクイーンが発した「二発目」と言う言葉とともに、ガクリと体が下に落ちる。床に片膝をつく。膝をついた方の足のふくらはぎを見ると、針で貫かれたような服のシワの真ん中から、ジワリジワリと赤い血が滲み出てきていた。
自分は二発目を貰ってしまったのだ。そう自覚した瞬間に、脳が痛みの信号を発信する。
痛みによって生まれたわずかな隙。そこを見逃す黒のクイーンではなかった。
「行くわよ」
黒のクイーンは瞬時に金属ボールを大量に精製。人差し指をこちらに向けると、まるで軍隊のように金属ボールの大軍が向かってきた。
「ぐっ」
片足を潰された今、私に残された選択肢は体を振り回して回避する他ない。
(オーラを使って!)
私はオーラを使って、肉体のすべてを限界まで強化。体を大げさに振り回し、遠心力を利用して小さな金属ボールを紙一重で回避していく。
(このボール……体積が小さいせいで見た目以上に回避しづらい!)
速度は問題ではない。問題なのはボールの小ささだ。
ビー玉と同じ位の大きさしかない金属ボールは、速度はそれほどでも、その小ささのせいで、消えてなくなったように感じる。視覚で自覚できるようになるのは、目と鼻の先に来てからだ。
(なかなかに工夫をしますね……だけど)
視認性を下げた代償として、その分威力が不足してしまっている。あるのは貫通力だけ。その証明に、貫かれた足からは血が滴り落ちているが、問題なく駆動する。
(床に金属ボールが落ちてきた跡を見た時は、貰ったらどうなることやらと思っていたけど……)
ただ、威力が低いとは言え、回避するに越したことはない。が、反撃せずに、このまま防戦一方となるのも良くない。どこかで反撃の一手を打たなければならない。
(よし……)
私はいくつもの金属ボールの合間を縫って、最初の金属ボールがめり込み、ヒビができた床に手を突っ込んだ。
そのままオーラを使って身体強化した体で、床を一気にひっくり返した。
しかし、床をひっくり返したと言っても、ひっくり返したのはほんの1部分だけ。小さめのテレビぐらいのサイズだ。でも、これで充分だった。
「ふんっ!!」
私はそのままの勢いで、引っ張り出した床を力強くボレーシュート。黒のクイーンへと射出した。