到来
「……斉藤さん」
「……あら? 浅間だったの」
(……遂に来た)
あの方もとい、神奈川派閥が誇る黒のクイーン、斉藤美代。
神奈川派閥以外からすれば、最も畏怖するべき存在であり、白のクイーンと違って、メディア進出が活発な分、白のクイーンよりも恐れられていて、神奈川派閥側からすれば、最も尊敬すべき存在。それが黒のクイーンであり、斉藤美代なのだ。
それが目の前に、しかも前のように上司として、味方としてではなく、敵として現れている。
「はぁぁー……はぁっ……はぁっ……」
体表から汗がにじみ出てくる。指先がプルプルと震え、血の巡りが悪くなっているのか、足先からだんだんと感覚が消えていく。
魔方陣が見えたタイミングから、来るとわかっていたのに、はっきり言ってビビってしまっていた。
(どうする……どうする!?)
とりあえず分かることは、私単体では勝てないということのみ。フラッシュナックルは通用するかどうかわからないし、逃げたとしても、斉藤さんのスピードと私のスピード、どちらが速いかは定かではない。
(私の勝ち筋は彼と合流すること……だけど、どんな行動でであろうと、斉藤さんが見逃すわけがない……)
何かないか、どうにかして、目の前の黒のクイーンの気を逸らす方法は……と、斉藤さんから目を離さず、じっと見つめながら考えていると……
「……ねぇ、浅間」
斉藤さんから話しかけてくる。
「……なんですか」
私にとって、完全に有利であるはず斉藤さんから話しかけてくるのは以外であったため、少し反応が遅れてしま――――
「逃げていいわよ」
「……は?」
「あら? 聞こえなかったかしら……逃げていいわよっていったのよ」
斉藤さんの言葉。それは私の思考をストップさせ、混乱させるには十分な言葉だった。
私を逃す意味は? 生き残らせる意味はどこにある? どんどんと増えてくる疑問。発した言葉の理解の難しさ。しかし、それらの疑問は同じく、黒のクイーン、斉藤美代の口から放たれた。
「私はあなたが目当てでここに来たわけじゃないもの。田中伸太に合わせてくれれば、それで構わないわ」
「……あ」
そうだ。そういえばそうだ。神奈川派閥にとって、私を捕まえるのは二の次。
「……あ、そうだ。浅間、今からでもいいから、神奈川派閥に戻ってこない? そうすれば、私の力で黒のポーンの地位は守ってあげるわ」
神奈川派閥の目的は、あくまで黒ジャケットの始末、もしくは捕縛。私を捕まえることなど、あくまでおまけに過ぎないのだ。
一体何を調子に乗っていたのだ。自分がおまけに過ぎないなんて、最初からわかっていたことだろう。
「そうよ。そうしましょう。あなたと仲が良かった旋木だって、その方が安心して――――」
瞬間、勝手に動き出す四肢。パチンコ玉のように、斉藤さんへと吹っ飛んでいく体。
オーラは自然と握られた右拳に集まり、ごく自然、ごく当たり前かのように、斉藤さんへと直撃した。
「……ふぅん。そんな感じなのね」
完全な不意打ちにもかかわらず、砂煙の中から出てきたのは、傷ひとつついていない斉藤さんの体。これらの行動から見ても、力の差は歴然。なのに、私の中からはふつふつと1つの感情が湧き上がってくる。
そうか、これが――――
怒りか。
「何が気に触ったのかは知らないけれど……」
――――おまけなのはわかっている。それも嫌だけど……
「そっちがその気なら……こちらも手荒にやらせてもらうわ」
おまけだと思われるのは、もっと嫌だ。
「ふん……! 黒のクイーンごときが……彼と戦わせてもらえると思わないことですね!」