酷使
包帯でぐるぐる巻きになっている田中イズナ。それは意識はあるものの、声もろくに出せないほどボロボロになっていた。
が、私には、それを憐れむ権利はない。こんな体になったイズナに、これからさらに頑張ってもらうのだから。
「イズナ……転移魔法は使える?」
「……!」
転移魔法。それは印象深い東京と神奈川が同盟を組むための会議の時、神奈川派閥、そしてその同盟派閥中に散らばったチェス隊メンバーを少ない準備期間で一気に会議の場に集めるのを可能にした魔法である。
無論、これはイズナのスキル『結界師』によって展開することのできる結界の1つ、『魔法結界』を発動した時のみに使える魔法の1つであり、結界を発動するのには、もちろん言葉を発する必要があるのだが……
(何も喋らなくていいと言った手前、心苦しいけれど……)
イズナからしてみれば、自分の兄を取った敵にボコボコにされて全身満身創痍になった上、医務室に自分の所属するチームのトップが来たと思ったら、さらに自分を酷使させる命令を飛ばしてきたのだ。
はっきりいっていいイメージは抱かないだろう。こんな体になってまで休ませてくれないのだから。
だけど、私からしたら、大阪派閥から渡されたデータも消えてしまった今、頼れるのはもうイズナの転移魔法しかないのだ。
(断られたら、もう……)
諦めるしかない。諦めるしかないのだが……
イズナは何も言わず、首を縦に振り、私の願いを承諾してくれた。
「……! そう。ありがとう」
私はイズナに感謝を伝えた後、スマホの画面をスワイプし、地図アプリを使って、とある場所を表示し、その画面をイズナに見せた。
「これから少ししたら、転移魔法を使ってここに……」
――――
私はイズナとの会話を終え、イズナのベッドを取り囲むカーテンを開き、外に出た。
そこは未だに医師たちがドタドタと足音を響かせ、次から次へと
雪崩のようにおそいかかってくる患者たちを何とかしてさばいていた。
「あ、あなたでもなかなかの博打を打つものね……」
「……絵理子。あなた聞いていたの?」
戦場のような医務室の中で、唯一、落ち着きながらも他の医師の誰よりも多くの患者をさばいている人物。蒲鉾絵理子が私に向かって声をかけてきた。
「た、たまたまよ〜……またまた……ははは……」
絵理子は私の問いかけに対し、いつもの陰キャボイスでたまたま聞いただけだと答える。この様子だと故意的に聞き耳を立てていたようだ。
「別に、はぐらかしても意味ないわよ……何年の付き合いだと思ってんの?」
「ははは……は…………ごめん」
「謝らなくてもいいわよ……」
絵理子と一連の会話を終えると、会話は次のステップ。イズナと話した会話の内容に進む。
「そ、それにしても…… なんで、その場所に黒ジャケットがいるってわかるの?」
これは当然の質問だろう。私たち神奈川派閥視点で見ると、田中伸太の居場所はデータが消えた今、完全に途絶えてしまっている。なのに私は、イズナに対して、転移場所をとある場所にある関所に完全に指定した。
なぜ、黒ジャケットの居場所が分かるのか?
「……簡単な話よ。デコイを使ったの」
「で、デコイ?」
「私は大阪派閥からデータを貰った時から、この作戦を考えていたのよ。イズナのスキルを使う作戦をね……でも、それにはいくつかの問題点があった……」
「も、問題点?」
「1つは、そもそもスキルの所有者であるイズナが重体であること……そしてもう1つ。田中伸太の居場所がわからないこと。イズナの方はどうにもならなかったけど……もう1つの方は何とかなる。だから用意したのよ。デコイをね」
「……?」
「……私はデータが送られた時、そのデータを送ったのよ。チェス隊のメンバーにね」
「……!! まさか、デコイって……あ、あなた!」
「…………」
私はあの時、チェス隊メンバーにデータを送ったのは、仮設テントで思った時のように、とりあえず一応送った……と言う理由もある。というか、そっちの理由が本筋だ。
ただ、もしかしたら、ほんの少しの可能性だが、イズナの意識が戻れば……私はその下準備をしただけ。
「自分と相手の力量差もわからず、田中伸太に突撃した馬鹿なチェス隊メンバー……彼女らの殺害現場から、田中伸太がどこにいて、これからどこの関所にいるのかが大体割り出せる」
セリフを吐いた後、即座に私を中心に魔法陣が展開される。
「ち、ちょっ……美代おっ!」
「そして、その関所に飛ばされる転移対象は……」
胸に手を置いて一言。
「この私」
ついにきたのだ。この時が。
田中伸太との……黒ジャケットとの対決が。