新人
浅間ひよりの足元に展開された魔方陣。その秘密を語るためには、少し前、神奈川本部にいた黒のクイーンの行動にさかのぼる……
「…………」
時刻は深夜と言える時間帯になったが、私は未だに黒ジャケットと黒のポーンを捕まえるために建てた仮設テントの中、そこにある椅子に腰掛け、額に手を当てて考え込んでいた。
(とりあえず、田中伸太の居場所を伝えるデータはチェス隊全体に伝えたけど……正直、ここから先どうすればいいのやら……)
データが持続する時間はベドネによると一時間だった。田中伸太を探すために各地に散らばったチェス隊を再集合させて、一気に向かわせる手も考えたが、データが持続する時間と逆算させて考えても、時間的に間に合わない。向かう途中で消えてしまうだろう。
だからといって伝えずにいると、ドンドン田中伸太と浅間ひよりは遠くに行ってしまう。なので一応、チェス隊メンバー全員にデータ自体は送ったわけだが……
(本当にたまたま偶然、チェス隊メンバーが全員同時に田中伸太に奇襲を仕掛けたとしても……勝てるかどうか……)
田中伸太自体は、チェス隊メンバー全員なら何とかできるだろう。問題はあの、黒い正方形だ。
あの最悪のインターフェースを田中伸太が使いこなせているのかどうか自体は謎だが、もし使いこなせていた場合、チェス隊の壊滅はまのがれないだろう。
(どうせとっくにデータは消えてるし、今考えても無駄なんだけど……)
「……やっぱ、みんなに伝えたのは悪手だったかなぁ……」
最近、状況がうまいこといかなすぎる。これも全部あいつだ。田中伸太が神奈川派閥に入ってきてからだ。
(白のクイーン……蒼華もどこに行ったのかわからないし、こうなったら、私自ら……)
蒼華がいない以上、今即座に投入できる最高戦力は私だ。今更ポーンやら何やらのランクが低いチェス隊を投入しても意味はないだろう。そのため、田中伸太もとい、黒ジャケットを殺すためには、まずは私が先陣を切る必要がある。
(いや、先陣を切るどころか、私が全部を……)
私の能力は他人を巻き込んでしまう。変に中途半端な人材がいない方がマシだ。
が、ここまでの考えは、全て机上の空論。データが消えてしまう前に辿り着かなければ、戦うまでもなく逃げられてしまう。
(瞬時に特定の場所に飛ぶ方法……あるにはあるけど……)
「使える本人があの状態じゃあ……」
どうしようもない。そう考えた瞬間、あまりにも都合よく、仮設テントに1人、とある人物が入ってきた。
「ふ、ふひひ……み、美代〜……いるぅ〜?」
「……絵理子」
入ってきた人物は、私の中で、数少ない親友である蒲鉾絵理子。神奈川派閥トップクラスの医師であり、私が考えていた可能性を持つ子を今現在治している医師だ。
……そんな絵理子が私のいる仮説テントに入った理由。そんなの一つしかない。
「絵理子。まさか……」
「うん……そのまさか……あの子……目、覚ましたよぉ、目だけだけど……」
――――
そこからの私の行動は早かった。
まず、仮設テントに入ってきた絵理子の白衣の襟を掴み、持ち上げ、スキルの能力によって浮遊。そのまま全力の速度でプロモーション戦用に作られたステージに向かっていった。
私の能力は移動に向いているとは言えない。空中を移動できているのはあくまでもスキルの応用で、本職ではない。RPGで言うサブ職業みたいなものだ。
が、そんなサブ職業とは言え、私も最高速となればかなりのスピードが出る。無論本業とまではいかないが……
そんなこんなで、ものの数分でステージへと辿り着いた。
(ここに……)
「急ぐわよ」
「ぜぇーぜェー……ま、待ちなさいよ!!」
私は早歩きで、絵理子は襟を掴まれながら空を飛んだ所為か、おぼつかない足取りでステージ内へと入り、そのままの勢いで医務室へと進んだ。
そこにあるベッドで横になっているのは、プロモーション戦において、1番の見ごたえのある戦いを演じた兵士。
「……あ」
「今は何も喋らなくていいわ……イズナ」
白のポーン。田中イズナ。黒ジャケットである田中伸太の実の妹だ。