プッシュ
嬉しいことがありました。
時は少し遡り、袖女はと言うと……
「ぐ、ぶ……」
突如後ろから発射されたピンク色の槍。それに腹を貫かれ、建物の屋根へ仰向けにばったりと倒れていた。
「ワン! ワンワン!!」
ブラックが後ろで吠える。おそらくはその先に、私の腹を貫いた何者かがいるのだろう。
「テメェか……大阪派閥から出た裏切り者っての……」
「グルルルル……」
(この声は……)
微妙に鼻につくこの声。懐かしいほど昔でもない。むしろ最近聞いたことのある声だ。
(大阪派閥のやつか!)
確か、カメレオンとか言ったっけ。あいつのスキルは覚えている限りでは、舌を槍のようにして発射するものだったはず。なるほど、私の腹を貫いたのはあいつの舌だったのか。
(気色わるっ!)
そう考えると気色悪くなる……あまり考えないようにしよう。
(犯人もわかったし、隠れて止血も済ませてありますから……後はちょうどいいタイミングで起き上がれば不意打ちできますね)
別に不意打ちでなくとも、カメレオンが離れてくれるまで死んだふりを決め込めば、より安全に彼の元へ戻り、敵が近くにきていることを知らせることができる。
(カメレオンは神奈川派閥に潜入している言わば工作員。なら、神奈川兵士をここに呼ばない理由がない……もう近づいてきていると考えていいですね)
「ワウッ!!」
「ふん!」
ブラックとカメレオン。2人の息を吐く声が同時に聞こえた直後、ガキンガキンと刃物が交錯する音が周辺にこだまする。仰向けに倒れているため、視界は制限されていて確認はできないが、ブラックの尾の刃とカメレオンの舌がぶつかっている音だろう。
これはまずいケースだ。カメレオンとブラックでは体格差がありすぎる。いくらひいき目に見ても、ブラックが勝てるとは思えない。かといって、私が参戦しようにも、カメレオンの戦闘力は未だ未知数。私でも苦戦、もしくは目立つレベルの大規模な攻撃を使わざるをえなくなる可能性もある。そうなれば、チェス隊がこちらにやってくるまでの時間を縮めてしまう。
(どうしよう……参戦するか……?)
ブラックは彼の犬だ。愛犬と言えるレベルで可愛がっていたかは定かではないが……とにかく、ブラックは完全にこちら側で、味方であることは間違いない。これだけで参戦する理由としては十分である。
(行きますか……!)
仰向けの体制から脱却するため、腕と膝を折り曲げ、起き上がろうとする。
ザクリ。
(……あ?)
が、起き上がる前に聞こえたのは、刃が肉を切り裂く音。
「ぐっ……」
振り向いた時、血を流して倒れていたのは……
「グルルルル……」
「がはっ……」
カメレオンの方だった。