現状把握
「ふっ!」
「!」
掴まれた拳を反射によって振り払うと、俺と白のクイーンはお互いに3メートルほど離れ、拳の届かない距離へと体を移動させた。互いにワンクッション置いた形だ。
「…………」
俺は一瞬目線を移動させ、袖女が近づいていないかをチェックする。
(何の音沙汰もない……まだこちらには向かっていないと考えた方がいいな……)
正直言って、今この場で白のクイーンと戦うのは得策ではない。単純に白のクイーンと戦って勝てるかどうかと言うのもあるし、何より結果的に勝ったとしても、周りが被害は甚大なものになるだろう。そうなった時、遠くないところにある戦場にいるチェス隊が気づかないわけがない。
そうなった時、手負いの俺と袖女で切り抜けられるだろうか?
(……かなりあやしい)
自分の本能に従うならば、今すぐにでも戦いたいところだ。だが、理性的に考えればその限りではない。これから先、神奈川派閥と黒ジャケットは間違いなく対立関係になるだろう。なら、この先いくらでも戦えるチャンスはある。
(……それにしても、なぜ袖女は来ない?)
袖女には、こういった状況にさせないために、周りの警戒にあたらせていた。なら、拳圧によって大きな爆発が起きた今、こちらに寄ってくる動きがあってもいいはず……いや、袖女ならまず間違いなく、こちらに寄ってくるはずだ。
(……なのに、来ない……向こうでも何かあったか?)
よく考えてみれば、白のクイーンは俺の地下通路に気付き、外に出たタイミングではなく、袖女と別れて個人になったタイミングをわざわざ狙って奇襲を仕掛けてきたのだ。袖女の現在位置だって、当然のごとく把握しているだろう。
白のクイーンの周りにボディーガードも誰もいないことから、勝手に白のクイーン個人で仕掛けてきたと思っていたが、袖女の方に誰かを向かわせている可能性も十分に考えられる。しかし、その割には俺以外のところから破壊音が聞こえてこない。暗殺できるタイプの兵士を連れているのか?
(……いや、だとしても、あの袖女がそこらの兵士に易々と殺されるとは思えない……)
どちらにしろ、時間を稼ぐ以外の選択肢は俺にはない。
「……本当にここでやるつもりか?」
神奈川本部から離れたとは言え、ここはまだまだ神奈川派閥の中央地区と言える場所。場所白のクイーンからしたら守るべき場所だ。白のクイーン自身も俺と戦えば、少なくない被害が出ることぐらいはわかっているはず。
「うーん……確かにまぁそうなんだけどさー」
「……んだよ」
白のクイーンは少し考える仕草を取った後、右手の人差し指をピッと上に上げ、ただでさえ100人が見れば100人がかわいいと思うであろう顔でニコリと笑い、口を開いた。
「一つさー……お願いがあるんだよ! そのお願いを聞いてくれれば……今日のところは勘弁してあげようかなって!」
白のクイーンによる完全に俺のことを舐めた提案。こういった、わざわざ相手に逃げるチャンスを与えるような発言は、自分の方が格上だと思い込まないと出ない発言だ。
「…………」
「どう? 悪くない提案だと思うけ――――」
それに俺は……
「これが返答だ」
マックススピードからの、不意打ち右ストレートでお答えした。
「舐めんなよ。バーカ」