混沌よりも混ぜられたもの その4
「ひっ、ひぃ!! た、助けて……」
「いやああぁぁああ!! 血があぁぁぁぁあああ!!!!」
ビルが倒れ、民家が豆腐のように割れ、人の体から血が果物の果汁のように吹き出す戦場。
そこでは、人の叫びがやまびこと勘違いしてしまうほど飛び交い、砂埃が人よりも高く上がる。
混沌荒れ狂う戦場では、一息ついて休憩する暇もなく、ましてや安全なスペースなどないように思えた。
「ふぅー……もう戦場のど真ん中あたりまで来たかな?」
「ワン」
が、唯一、たった唯一だけ、楽々と休めてかつ、安全な場所が存在した。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「まだ咳き込んでるのかお前?」
「普通はこうなりますよ……地底人じゃないんだから……」
「あんまり口から息をしない方がいいぞ。後で喉痛くなるからな」
その場所とは、血で血を洗う戦場の遥か真下。コンクリートと地下で塞がれた地下だった。
俺の考えていた脱出経路。それは反射を込めた手で地面を抉り、硬いはずのコンクリートや土をまるで豆腐のようにくり抜き、掘り進め、地下から戦場の外へと出るという経路であった。
この脱出の仕方は何ヶ月も前、今や懐かしくも感じる初めて神奈川派閥に入った時、厳重な警備体制が敷かれていた会議場に侵入するため、ハカセから言い渡された作戦だ。
(うーん……思った以上に時間がかかるなぁ)
あの時もまぁまぁな時間を使ってしまったが、あの時と比べて、単純な身体能力だけでなく、スキルの地力も底上げされているのだ。あの時の俺と今の俺とでは、それこそ天と地ほどの差がある。そのため、さほど時間はかからないと踏んでいたのだが、以外と時間がかかってしまっている。これはおそらく、あの時と比べて安全なポイントまでの距離があり、掘る量が必然的に多くなってしまっていることが原因だろう。
(俺としたことが、神奈川本部から戦場の外までの距離を想定していなかった……ちょっと失敗だな)
ポッケから出るまでの時間の想定を間違えていたことを反省しつつ、手を世話しなく動かし、地面を掘り進めていく。目指すは戦場の外。
(俺が戦場の外に出るまで、グリードウーマンと犯罪者軍団が耐えてくれるかどうかだな……)
別に何の信頼関係もない人間任せになってしまうのは、不本意ではあるが……神奈川派閥に一杯食わされた以上、仕方がないと割り切るしかないだろう。
と、その時、上野戦場から届く振動と比較しても、一際大きい振動が、重低音とともに、地下のここまで届いてきた。
「うわっ! とと……!」
袖女は急な揺れに驚き、体制を崩していたが、そこは元チェス隊。さすがの体幹力ですぐに体制を立て直していた。
「ワンワン! ワワワン! ワン!」
すぐに落ち着きを取り戻した袖女とは対照的に、ブラックは落ち着きなく、俺の周りをぐるぐると駆け回っていた。