混沌よりも混ぜられたもの その1
チェス隊前線部隊VS私、グリードウーマン。戦いの火蓋はチェス隊黒のポーン、青葉里美の手によって切られた。
(強酸かけるスライムの接近攻撃か……)
青葉里美とは、神奈川本部で戦った時にスキルと手グセは理解できている。回避することは容易だ。
私は落ち着いてスライムになって粘着性を増した体を作り上げた青葉里美の攻撃を、体の重心を左右に傾けながら回避する。
青葉里美の拳を回避するのを確認したのを皮切りに、チェス隊メンバーの中でも物理攻撃を得意とする者たちが向かってきた。
(青葉里美は体をスライムにするだけで、拳のスピード自体が早くなったわけではない……! ある程度のレベルに達した者ならば、見切ることは容易なのよ)
それにしてもこの体だ。収容前とは明らかに違う。体の軽さ。そして身のこなしが段違いだ。収容前では、体から飛び散るスライムの粘液を回避することができなかったのに、今では水滴が止まって見える。そして眼力についてきてくれる肉体の反応速度。今ならマッハの速度で動くことすらたやすいかもしれない。
そして、何よりも……
「ふんっ!!!!」
力を入れた拳で、近づいてきたチェス隊を殴り飛ばし、遠くにあるビルを3個ほど貫通させ、壁に陥没させた。
(このパワー……! 私になかったもの全てが埋まって行く感覚……!)
まさに無敵。その一言しか思い浮かばない。チェス隊メンバー全員の総攻撃の吸収は、私に期待以上の力を与えてくれたようだ。
今の私なら向かってきた全員を一瞬のうちに叩き伏せることだって夢ではないだろう。
(ただ、私の目的はチェス隊の壊滅じゃないのよ……ここで全員死んでもらっちゃ、神奈川派閥を隠れ蓑にできないし、何より彼の意思に反するもの……)
私は拳を握る。先ほどの威力を参考にし、チェス隊どもを一瞬で戦闘不能にせぬよう、加減をしながら。
――――
同時刻、神奈川本部内では……
グリードウーマンによってチェス隊の攻撃が動かされたのを確認した俺は、袖女を強引に引っ張り、逃走するための準備をしていた。
「なんで……! こんなっ、いきなりっ!」
袖女は神奈川本部内にあった便利道具や衣服、備蓄用の食料を、同じく神奈川本部内にあった大きめのバッグに詰め込みながら、俺に愚痴をこぼしていた。
「仕方ねぇだろ。いいタイミングってのは突然訪れるもんさ」
同じく俺もバッグを手に取り、食料を詰め込みながら答えた。
グリードウーマンがチェス隊の攻撃を吸い込んだ。しかもそれはただの攻撃ではない。俺も一瞬ひやっとするような超強力な攻撃だ。
それを受け止めることができたのだ。グリードウーマンの実力は、それはそれは途方もないもののはず。たとえチェス隊メンバー全員でも、足止めできる程度のパワーはあるだろう。
俺たちにとって、1番の障害はチェス隊だ。倒すのは簡単だが、隠密行動をしつつ追われると気づけるかどうかわからず、面倒臭いことになる。だからこそ、チェス隊メンバーの集合を待ち、目視できるタイミングを待ってかつ、チェス隊メンバー全員が足止めを食らうタイミングを見計らっていたのだ。そして今、今こそがその時なのだ。
バッグへの詰め込みを終えた俺と袖女は、滞在していた部屋を出て、廊下を走り、エスカレーターとエレベーターが停止していたのを確認したのち、階段を駆け降りていた。
「それで? 脱出経路は!?」
「裏口はおそらく警戒されている。普通に脱出しても潜伏して追跡されるのがオチだ」
遠くから道具、またはスキルか何かで見られている可能性がある以上、普通に裏口からの脱出は不可。何か別の方法で抜け出すしかない。
「ならどうするんですかぁ?」
「あー、それは……」
俺は指先を下に向け、こう答えた。
「懐かしの方法を使う」