混沌 その5
「ふぅ……」
犯罪者軍団対神奈川派閥。後方の医療班に簡単な指示出しをしていたら、前線に到着するまで、結構な時間が経ってしまっていた。
私が辿り着いてちょうどのタイミングでビルが倒壊し始めたのは行幸だった。もし私が到着していなければ、前線は瞬く間に崩壊の一途をたどっていたことだろう。
「…………」
そこまで考えたところで、私は前線を見渡す。
(予想通り……って感じね)
前線はもうかなり押され気味だ。チェス隊メンバーはもともと後方でスタンバイさせていたので、戦争が始まってすぐの今、干されるのは当然のことなのだが、いかんせん押されすぎだ。
別に、ランキング上位の人間でなくても、強い兵士は、割と強いのだが……やはり、実戦経験の差が如実に出てきていると言うことか。
(ここは……私が1番前に出るしかないわね)
スキルの都合上、1番前に出るのはあまり得意では無いのだが、他の兵士たちのモチベーション向上のためにも、トップである私が出た方がいいだろう。
覚悟を決めた私は、私の登場で一時的に静寂が鳴り響いた戦場に、ゆっくりと着地する。
空中から地面に着地する。いつもはないはずの足の裏に感じる細かな砂利や石ころが、荒れ果てた神奈川本部周辺の惨状を物語っていた。
「きたナァ、黒のクイーン」
「あなたは……」
この女は確か……ポーンだけを狩り続けることで有名だったやつだ。私が捕まえたんだったっけ。
近づいてきたのはこの女だけではない。気がつけば、私に負けたほぼ全ての犯罪者が、私の周りを取り囲んでいた。
「お前に負けてから……あの日を忘れたことはなかったぞォ!!」
女は体をメキメキと鳴らし、ただでさえ筋肉質だった体をさらに隆起させる。
もはやその体は原型を留めておらず、プロレスラーを2回りほど大きくさせたような肉体へと姿を変えてきた。
「ずいぶんと動き辛そうな体になったわね」
「お褒めに預かり光栄だなァ……だが、この形態はパワーだけじゃねェ……スピードも段違いに上がってんだヨォ!!」
言いたいことを言い切った瞬間、女は重たそうな体を一気に動かし、両腕でこちらを挟み込むように向かってきた。
(ほう……)
こちらに向かってくるのを見て私は少し感心した。なるほど、確かに見た目からしてパワーも上がっているのに、なかなかの俊敏さ。この女が、ここまで偉そうな態度を聞くのも、自分の力によるものだとしたら、十分に納得がいく。真っ当に兵士をしていれば、チェス隊メンバー入りは確実だっただろう。
ただ、私に焦りはなかった。
それも当然だ。私が見てから行動開始できる程度のスピードしか持たない相手が、脅威足り得るわけがない。
「跪きなさい」
そのたった一言で、目の前の女を含む私を取り囲んだ全ての犯罪者が、地に伏した。
「あ……あえ……?」
こちらに向かってきていた女は、信じられないといった顔で、地面にデコを擦り付けている。
「まさか……何も学習しなかったの? 一度見たはずなのに」
そこで、私の中に嗜虐心が目覚め、頭を擦り付ける犯罪者たちに向かって、意地悪な言葉を吐き捨てる。
「天上天下……私以外のすべての物は、私以下となるのよ」
そう。全ては私の下。それが狂うことは無い。
そして……
「……あら、やっと来たわね」
空中から、私の下へと降り注いでくる物体。それはまるで流星のごとく、きれいな放物線を描き、砂埃で隊服が汚れぬよう、地面に着地する直前でピタリと静止、そのまま静かに着地した。
「天地凛、ならびに、白のクイーン、キング、負傷中の3名を除いた他チェス隊メンバー24名。黒のクイーンの下に参上致しました」
チェス隊のステージ。その幕開けだ。