混沌 その4
「ひ、ひいい……」
私はどこにでもいる神奈川派閥の一般兵士である。兵士になった理由は、単純にお金が欲しかったからだ。
別に、家庭の事情で貧乏と言うわけでもなければ、借金があると言うわけでもない。ただ単純に、メイクや食費などに自由に使えるお金が欲しかっただけである。命の危険に関しても、戦争が硬直しているこの時代に、神奈川派閥と言う巨大派閥に喧嘩ふっかける派閥なんていないし、万が一危ない任務があっても、そういうのはチェス隊の仕事。私自身は下でも上でもないちょうどいい位の地位で、お金を稼げればそれでいい。
そう思っていたのに……
(な、なんなのよぉ……なんでこんな……)
目の前には、竜巻や雷鳴を呼び出したり、人間はもちろん、地面すら片手間に破壊する化け物どもがひしめく地獄絵図が描かれていた。
かく言う私も、一応戦闘向けスキルの持ち主ではあるが、あんな化け物と一緒にさせてもらっては困る。
(あ、足が……)
自分と同じ人間が、まるでピンポン玉のように吹っ飛び、風船のように破裂していく光景を見ていると、恐怖からか足がガクガクと震え、その先に進むことを拒み始める。
が、だからといって、震える足を非難する気は毛ほども起きない。自分の足に進むなと警告される必要もなく、理解できているからだ。これ以上前に進んでしまえば、自分も弾け飛ぶ兵士たちと同じ道をたどってしまうことを。
「ふうう……ん?」
何かおかしな気配に気づき、足を震わせながらも自分の周りを見渡すと、そこには自分と同じく、体を震わせ、涙を流し、今にも逃げ出してしまいそうな兵士たちが、チラホラと存在していた。
「ひいい……」
「な、なんで私が……」
「あんなのっ……あんなの今に、チェス隊がどうにかしてくれるわよ! 絶対っ……だ、だから私はここで……」
中には、ただただ震えているだけだったり、自分がなぜこんなところにいるのかを嘆いたり、チェス隊が何とかしてくれるから大丈夫と、おびえているだけの自分に理由をつけていたり、様々だが、そのどれもが後ろ向きで、前向きな姿勢を持っている人間など、1人たりとも存在していなかった。
しかもそれだけではない。タチの悪いことに、そうやって前線に赴かない人間が、どんどんと増えてきていたのだ。
神奈川兵士たちのモチベーションの低下。それを明確に、神奈川派閥側の不利と言う現状の要因の1つとなっていた。
そして、ついに犯罪者軍団による被害は、神奈川兵士のみに留まらず、民間の建物にまで被害を出し始めた。
「ああ!! ビルが!!」
それは誰の声だっただろう。犯罪者の1人の攻撃を根本に受け、根本から折れ曲がるようにビルが倒壊していく。
しかも、ビルは神奈川派閥側に落ちてくるときた。このままでは、神奈川派閥側への大打撃は免れないだろう。
このままでは負ける。そんな予感とともに、妙にゆっくり落ちるビルがとてもいやらしい。神奈川派閥側に広がる絶望感を、じっくり味わえと行っているかのようだった。
ただそこに、こちら側に倒れてくるビルに向かっていく閃光が1つ。
「……っ!? 何を……」
そしてその閃光は、ビルを最初からなかったかのように、コバエを殺すかのように、いともたやすく破壊し、瓦礫で被害が広がらないよう、空中でピタリと止めてみせた。
「あ、あれは!」
ビルをいともたやすく破壊したそれは、絶望感に打ちひしがれていた私たちにとって、一筋の希望の星のようだった。
そして、それと同時に、その希望が一体何なのかも、本能と呼べるレベルで察することができた。
あれほど大きなビルを、跡形もなく破壊し、かつ被害をゼロに抑えられる人物など、私たちが知る限りでは、1人しかいないから。
「ま、間違いない……!」
「勝てる……やっぱり、あのお方がいれば勝てるぞ!!」
彼女の最前線への参戦は、私たちにとって、大きな希望を与えると同時に、士気を高める要因となってくれた。
「クイーン……」
神奈川派閥のトップ。黒のクイーンの参戦は。