混沌 その1
「もう30分……ね」
あと30分、榎木田純子の帰りを待って、もし戻ってこなかった場合、神奈川本部内にこちらから乗り込むと宣言して、ちょうど30分。ついに榎木田純子は戻ってこなかった。
(……死んだか)
気づいていた事実、だが、いざ、その時になると、しつこいと思う位躊躇してしまうのは人間の性だろうか。
が、もうこうなってしまった以上、突撃をするしかない。
「……凛を読んで、突撃の準備をしなくては」
そう、腰を上げた時だった。
突然、鳴り響く轟音。
地面が揺れ動き、何かが持ち上がってくる感覚を肌身で感じとる。
(地下から……!? まさか……!)
地下と言うワードから、私の中で1つの可能性が浮上する。コントロールルームの居場所がわかっても、あのドアを開けられるわけがないと鷹を括っていたあの可能性。
その可能性は、地下から聞こえる轟音が近づいてくればくるほど膨らみ、ついには糸が切れたように、爆発となって神奈川本部から現れ出た。
「あれは……!」
――――
一方その頃、黒のルーク、天地凛はチェス隊メンバー全員に30分後に突撃することを伝え、黒のクイーンの仮設テントへと帰りがてら、包囲網がちゃんと包囲網足り得ているかどうか確認していた。
そんな中、突然の地震と轟音。気づかないわけがなかった。
「何か異常が……!? 監視型魚雷!!」
動揺する兵士たちの体が壁となり、震源地である神奈川本部が視認できなかった私は両手を合わせ、その指の先から監視型魚雷を発射させる。監視型魚雷は魚のように、地面の中へ水音を立てて着水。音の震源地である神奈川本部へと向かわせる。
地面の中を海の中のようにすいすいと移動する監視型魚雷のスピードは100キロをゆうに越える。よって、すぐ近くにある神奈川本部へは、ものの数秒で到着することができた。
(確認……いったいどうなって……)
監視型魚雷から見た映像に映る神奈川本部は、いつもの清潔そうな姿は見る影もなく、窓やドアなどの空気を通す部分から砂埃が噴出し、神奈川本部周りが見えなくなっていた。
これでは、せっかく神奈川本部を確認しようと監視型魚雷を飛ばしたのに、全く意味がないではないか。そう思った私は、周りに漂う砂埃を吹き飛ばそうと、戦闘用の魚雷を飛ばす。
「小爆発型魚雷! 発射!」
小爆発型魚雷は周りに民間人がいる時用に開発したもので、魚雷自体が爆発し、効力を発揮するものだ。殺傷力はそこまでないものの、爆発の余波で砂煙程度なら吹き飛ばせる威力を持つ。
が、結論から言うと、発射する必要はなかった。
「自分から……?」
砂埃が自分から神奈川本部周りから離れたのだ。そして、砂埃から見える姿は人影。しかも単体ではない。複数人だ。
この時点で私から疑問が生まれる。神奈川本部内にいるのは田中伸太と浅間ひよりのみ。砂埃の中から2人以上の人影が現れることなどありえな……
(……いや、違う)
神奈川本部内にいるのは、確かに田中伸太と浅間ひよりのみだ。しかし、その下、地下牢獄も含めればその人数は変わってくる。
「……あ、あれは……」
無数にいる神奈川兵士から、そんな声が聞こえてきた。声の原因は監視型魚雷からの映像でも、その姿が視認できた。
「……さぁ、行くヨォ」
「おーもしろーくなってきた」
砂埃から現れたのは、正真正銘、地下牢獄に収容されていた凶悪な囚人たち、そして――――
「……さぁ、始めるぞ」
黒いジャケットを見にまとった、田中伸太だった。
「戦闘準備!!!! 急いで!!!!」
どこからともなく聞こえてきた黒のクイーンの掛け声。それは神奈川兵士全員に緊張感を与えるほど張りつめていた。
(こんな、ことが……)
混沌が、始まる。