プロモーション戦終了後 その7
俺はお粥を口に運び込んでもらいながら、袖女によるここまでのいきさつを聞いていた。
「なるほど……黒い正方形が……」
「結局、あれって何なんですか? よさげなものではないようですが……」
袖女が黒い正方形のことについて聞いてくる。あまり人には話したくないが、袖女は今の今まで、神奈川派閥についていながら、俺の正体が黒ジャケットだとバラしていない。話しても問題ないかもしれないな。
「あれは……東京派閥で料亭に殴り込みに行った時があっただろ? あの時に中に入り込んだもんだ」
「入り込んだ……?」
「説明が難しいんだが、いつの間にか目の前に現れて、4つに分解されて、腹の中に入ってったんだよ。マジで、急に」
今思い返しても、マジでなぜ急に現れたのか意味がわからない。時間がたっても影響が出なかったので、考えるのは二の次にしていたが、一気に優先順位が変わった。今すぐにでも考えなければいけないな。
「では、自分で制御できないんですか?」
「ああ、日常生活で出てくることはないっぽいんだが……意識的に出し入れするのはまだ難しそうだ」
そこまで言うと、袖女は既に空になった茶碗をそばのタンスの上に置き、頭をポリポリと掻いた。
「なーんであなたはいつもいつも、こういう厄介事を担いでくるんですかねぇ……」
「しゃーねーだろ。今回ばっかりは俺の意思じゃないんだから」
そう。俺の意思ではない。つまり……
(誰かに操られている可能性がある……か)
自分の物のはずの肉体を、どこの馬の骨かもわからんやつに良いようにされているかもしれない。それを想像しただけで、ブルッと身震いがした。
ただ、袖女に俺が気絶した後の話を聞いたところによると、ここまで運ぶのを手助けしてくれたらしい。そのことから考えるに、あくまでこちらの邪魔になることはして来なさそうだ。
(それがいつまで続くかはわからんがな……)
あ、そう言えば……
「なぁ、俺――」
「……とにもかくにも、要するに、それは外部からの物ってことですよね。だったら神奈川派閥のデータに何か情報があるかもしれません。帰ったら探してあげますよ」
「…………ああ、助かる。それと、いつまでもこんなところにいていいのか? プロモーション戦終わりの打ち上げとかないの?」
「打ち上げって……プロモーション戦は神聖なものです。そんな文化祭終わりでもあるまいし……まぁ、確かに連絡はしといたほうがいいかもしれませんね」
袖女はスマホがあるであろう自分のズボンのポケットに手を入れまさぐり出す。少し長いなと思い、眺めていると、袖女の顔が段々と青くなっていっているのがわかった。
(こいつ、まさか……)
まさかとは思うが……
「お前……スマホなくした?」
聞いた後、すぐは何の反応も見せなかったが、少し待っていると、ポケットから手を出し、顔を少し下に俯かせ、コクリと首を縦に振った。
「……フッ」
「――ッ!! 今笑いましたね!!」
「いや? 別に」
「笑った! 絶対笑った!! 間違いなく笑ったーー!!」
いやそりゃ笑うだろう。さっきまで、やれ厄介事を担いでくるやら、やれ探してあげますよやら言ってきた女がまるでギャグみたいにポカしたのだ。笑わない方がおかしい。
「ククク……で? どうするんだ? スマホがないと連絡できないだろ」
「もう笑うことを隠してないじゃないですかぁ……連絡自体は、スマホがあれば電話で何とかできると思います」
「じゃあ俺のを貸してやる。さっさとやれ……ブラック!」
「ワン!」
俺の言葉に呼応し、ブラックは一旦奥の部屋に行った後、すぐに俺のスマホを咥えて戻ってきた。
「あ、ありがとうございます……」
「ワン!」
(……お)
袖女はブラックからスマホを受け取り、俺からパスワードを聞いて画面をスワイプし始めた。
「近づいても吠えられなくなったのか」
「ええ、今でもやりすぎるとちょっと怒られるんですけど」
「いいじゃないか。慣れられてきた証拠だ」
「そうだといいんですけど……じゃ、電話しますね。声を出さないようにお願いします」
「ああ」
少しして、俺のスマホをスワイプするのをやめ、スマホ本体を耳に当てる。電話番号の入力が終了したらしい。
「……あっ、はい。私、黒のポーンの浅間ひよりなのですが、スマホを紛失してしまい、別のスマホから連絡をかけさせてもらっています。それでなんですけど……はい。はい……はい?」
なおも袖女と通信相手との会話が進んでいく。自分がステージから離れていることを伝えるだけなのに、ずいぶんと長い会話だなと感じた。
「は? ……それは事実ですか? 今黒のクイーンが事実確認を……? ……わかりました。私もすぐ向かいます」
結局、袖女と通信相手との会話は5分間ほど続き、スマホ特有のピッと言う音とともに、電話は終わった。
「何かあったか?」
俺の問いに、袖女は表情を曇らせ答えた。
「……長官が、撃たれたらしいです」