ギリ
途中から伸太視点です。
伸太をスキルの対象に指定し、1秒を引き伸ばして感覚をズレさせる。これによって一方的に攻撃できるようになったわけだが……はっきりと言おう。それはいつまでも続くものではなかった。
初めて伸太にスキルを使用してから数分後。スキルを両手でないと数えれない程度に使用した時だ。
「っ!? ぐっ……」
加速させた伸太の拳が、僕の頬を掠めたのだ。
(もう対応されだしたか……)
僕の能力は時間の加速だ。それ故、動き方がワンパターンになりやすい。
(おそらく、時の引き延ばしには感づかれていないが、何らかの力で体と認識をズラされていると感づいたな……)
過程はわかっていないが、結果はわかっている。ならば……
(体の動きを全体的に早めているな……)
時間の引き延ばしに対抗して、攻撃を早めてきている。それで攻撃に当たってしまったのも良くない。伸太に通用すると言うことを教えてしまった。
(ただな……そんなの何回も経験してきたんだよ!!)
相手がタイミングをずらしてきたのなら、こちらもタイミングをずらせばいいだけの話。そう考えた僕は、スキルで引き延ばす時間を31秒から32秒へと変更し、今にも迫ってきそうな伸太にスキルを発動した。
後は左拳を前に突き出し、衝撃が伝わるのを待つだけ。
が――――
(――飛び出しっ!!?)
なんと、スキルを使用した後に待っていたのは、左拳にぶつかる衝撃ではなく、後コンマ数秒で顔面に突き刺さるであろう紫色の爪だった。
(31秒だけでなく、32秒にも対応してきたか!! しかも身体能力のみで!!)
心の中で伸太に賞賛の言葉を述べるが、そんなこと言っていられないこの状況。すぐにでもこの状況から脱っ出しなければならない。
(どうする? スキルは再始動時間の関係で使えない……右腕も潰されて……いや、もう……)
僕が出した結論は……
(避けるしかねぇ!!)
回避。それだけだった。
スキルは使えないこの状況下で、もし対戦相手が今の伸太ではなく、前の伸太だったら、回避することは不可能だっただろう。だが、今の伸太はなぜかスピードだけが劣化している。
そして僕の計算では、今からなら回避することはギリギリ可能!!
(よし、回避――――)
が、咄嗟に僕は――――
――――
――――どこだ? ここは?
(……ここは、いつぞやの)
目が開き、視界に映る光景は懐かしい暗闇。気絶したり、深い眠りについたりした時にいつもお世話になる場所。
――に、似たどこかだ。
(なんだぁ?)
じたばたと水中をもがくように体を動かしてみるが、いつもの暗闇と同じく何の感触もしない。不思議な浮遊感が続くだけだ。
現実の自分の目が覚めるまで、結局はずっとこのままなのか……と思われたその時、見覚えのある黒い正方形が、どこからともなく目の前に現れた。
「……?」
側で浮遊し続ける黒い正方形を見ていると、なんだか心の奥底、胸の中心のあたりから、普段は出てこない何かが、ふつふつと湧き上がる感じがした。
慣れてはいないし、嫌でもない。この感情は……
(……何だ? ……懐かしい?)
まるで長年会ってなかった友達に数年ぶりに再会したかのような、胸を暖かく包み込む懐かしさ。ノスタルジーとでも言うのだろうか、そんな気持ちが溢れ出ていた。
「……? 何だ? お前……」
思わず口から漏れ出た疑問の言葉。それに応えるように、黒い正方形に変化が現れた。