加速
先ほどまで苦戦していた伸太になぜ急に攻撃が入ったのか。それはもちろんのこと、僕のスキルが関係していた。
僕のスキル『一寸先は闇』は、対象にとった物の1秒間を引き伸ばし、対象の1秒間の体感時間を最大1時間まで引き延ばすことができるスキルだ。
それを普段、僕は自分を対象にとって使用しているが、強い敵、もしくは絡め手が必要になる敵に対してはその限りではない。
戦争時代、時たまそういう時に出くわした時、僕はいつも絡め手として自分以外の物を対象としてスキルを使用した動き方をしていた。
そして今回、その経験が生きた形となって、伸太を殴り飛ばすことに成功したのだ。
「ぐ、ウウ……?」
殴り飛ばされた伸太は後ろへ飛んでいく勢いを足の裏を地面に擦り付けて止め、殴られた頬をさすりながら、何が起きたのかわからないといった様子で目をキョロキョロとさせる。
(動揺してるな……)
それもそのはずだ。僕は他の何物でもない。伸太の1秒間を引き伸ばしたのだから。
数十年前、自分以外にスキルを使用した時の使用感を確かめるため、部下を1人連れて訓練所で模擬戦をしたことがある。
その時に分かったことだが、スキルを使用された対象の人物は、スキルを使われたと認識できないのだ。これは要するに、いつも僕がスキルを使用した時に入り込む時がゆっくりになった世界。それが認識できないと言うことだ。
当時は不思議だったが、今考えれば当然のことだ。あれはスキルを持つ僕だからこそ入ることができた世界。それ以外が入ることなど許されない。簡潔に言うと、資格がないのだ。
資格がない状態で時間を引き延ばされるとどうなるか。結論から先に話すと、スキルを使用する前の行動をずっとし続けることになる。
スキルを発動する1秒前。走っていたのならば、対象の人物が認識しないまま、引き延ばされた時間分走ることになり、勉強していたのなら、引き延ばされた時間分自分では知らないうちに勉強している。このようなことが発生するのだ。
伸太は今、僕に向かって突っ込み、攻撃しようとしていた。なので、スキルを使用された伸太は知らないうちに、自分が思っていたよりも早く僕の近くへと迫っていたのだ。
ちょうど僕の拳がちょうど当たる位置まで。
(行ける……これなら!)
今の伸太はあれに支配されているため、本当に上手くいくかと言う心配もあったが、殴られた後の困惑した感じを見ると、その心配をする必要はなさそうだ。
「グッ!!」
伸太はそんな僕の考えも露知らず、再度突撃してくる。みたところ対策っぽいものはない。僕の考えた戦法がもう一度通用しそうだ。
(伸太の1秒間を31秒へ!)
30秒にしてしまうと、誤って体がぶつかり、不慮の事故が起こってしまう可能性があるため、ギリギリ攻撃できない31秒に時間を設定する。そうすることで、不慮の事故なく、こちら側だけ一方的に攻撃することができるのだ。
「こんなふうに……なっ!!」
1秒間を引き伸ばしたことによる感覚のズレ。それが伸太の感覚を狂わせ、拳が届く距離までわざわざ近づいてくれた伸太に、左拳での一撃を再度おみまいする。
短時間で2回もの攻撃を食らい、ついに倒れるかと思われたが……
「ヒヒ……」
伸太はまだ倒れない。倒れるどころか、口の先から垂れてきたよだれを拭き取り、ニヒルな笑みを浮かべてきた。
(やはり……この程度では有効打にならんか……!)
この程度では今の伸太には通用しない。それと同時に1つわかったことがある。
今の伸太の体は、鎧を装備している腕部分以外にも、何やら薄い透明なもので守られていると言うことだ。
(殴った時に感じた硬い感触……少なくとも肌に触れた感触とはかけ離れたものだった。おそらくは伸太からにじみ出ている紫色のオーラ……目に見えないだけで、あれが腕部分以外を覆い、皮膜のようになって身を守っている……)
これはあくまで憶測の域を出ないが、攻撃として1番使用する腕部分だけを特別に分厚く覆い、それ以外はそこまで攻撃に使用することは無いため、目に見えないほど薄いオーラで体を覆っているのだろう。
(目に見えないほど薄いといってもあの硬さ……ハハッ、とんでもないチートっぷりだな)
劣化したとは言え凄まじいスピードに加え、前とは比較にならない圧倒的パワー。縦横無尽に動き回る尻尾、ほぼ全ての攻撃を無力化する硬い鎧。理不尽のオンパレードだ。
(だが、それでも……)
それでも、勝利しなくては黒のキングとは言えない。
(あいつの師匠とは言えない!)