大地裂き
(むっ……)
僕の前に姿を現したその怪物は、咆哮を上げた後、足の裏で地面を確かめるように数度踏んだ後、こちらにクルリと振り向き、下劣な笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに歩を進めてきた。
先ほどまでの高速移動とはまるで真逆。街並みを気ままに散歩するかのごとき足取りで、悠々とこちらに近づいてくる。
「舐めているな……」
あれを発動させた人間が全能感に酔いしれ、こうやって舐め切った態度を取るのは、あれを発動させた人間の特徴だ。
やはり伸太が発動させたのはあれだったのかと再認識した僕は、歩いてくるまでの時間の中で、あれを発動させた人間との戦い方を薄れかかっていた記憶の中から何とか引っ張り出そうとしていた。
(えーと、確か……あれは発動中、体の権限が自身からあれになるんだったか? 技術もクソもなかったような……)
あれが発動した後は、体の行動の権限が使用者からあれに移り変わり、本人の意思に関係なく体が動く作りになっている。
(あれの素材によってその後の戦い方は変化する……大振りな力任せの戦いをするやつもいれば、知的で技術的な動きをしているやつもいた気がする)
伸太のは表情を見た感じ、知的な動きはしてこなさそうだ。知的な動きをしてくる奴の方が大抵厄介なので、その辺は不幸中の幸いといえよう。
しかし、だからといって油断はできない。おおざっぱな動きだろうが技術的な動きだろうが、根本的な性能が高いのは変わりない。気を抜かず、それでいて余裕を持って相手をし続けなければ。
と、身構えようとしたその時だった。さっきまで悠々と歩いていた伸太が急に速度を上げ、接近してきたのだ。
しまった。思い出すことに脳のリソースを割いてしまっていて、一瞬反応が遅れてしまった。
ただ、まだあれに支配される前のスピードに比べれば、全然遅いレベルだ。よって、スキルによる対処が可能だ。
スキル、一寸先は闇の能力により、僕の1秒の時間を30秒分まで引き伸ばし、まず伸太の向かう先の直線上から体を外す。その後、30秒ある時間をフルに利用し、残った左拳で、砕いたはずのアゴ、破壊したはずの右腕、腹、みぞおちに連続攻撃を決めた。
「何……!?」
だが、それによって生まれた被害は風切り音だけで、攻撃を当てた体には傷1つない。あれによる基礎身体能力の高さがここまで跳ね上がっていると思わなかった。
(いや、身体能力の高さと言うより……この鎧によるものか!)
もちろん基礎身体能力も上がってはいるだろう。しかし、触れた感じ、真に厄介なのはこの鎧と見た。
30秒たっぷり使って鎧に繋ぎ目等のもろい部分がないかチェックしてみたが、特段そういったところがないように見えた。
(30秒じゃあ正確に見ることもままならん……)
一寸先は闇の時間引き延ばし能力は、一度引き延ばすと決めた時間を決めてしまうと、その後引き延ばす時間を延長することはできない。
例え話をするなら、1秒を1分間にした場合、その1分間の間にやっぱり30分間にすると言った行為ができないのだ。
今は30秒引き延ばすと決めてしまったため、紫の鎧のチェックはかなわないと言うわけだ。
まぁ今のこの体の位置なら、動かすとも回避できる。その後、再発動時間を消化し、1秒を30分間程にして弱点をじっくり探すとしよう。
(解除)
自分の中で結論をつけ、スキルを解除し、時間が元に戻る。案の定、伸太の拳……爪と言ったほうが正しいか。それが通過し、空を切って――――
(!! まずい!!)
空を切ったその一撃は、大地を引き裂き、雲を割り、観客席を真っ二つに切り裂いた。




