解禁、解放
使ってこなかった得意技。とは反射を利用して相手の攻撃を弾き返すことだった。
この技はリスクが一切ないのに加え、たいていの攻撃ならノーダメージではじき返せるため、大阪派閥にいた頃までは重宝して使いまくっていた技だ。
が、この技に頼っていては基礎的なフィジカルが育たないし、いざと言うときの不意を突く技になると考え、神奈川派閥でキングたちと訓練している間は禁じていた技だ。
そして今、絶好のタイミングが来た。
お互いに残りの体力は少ない。制限時間を待たずとも、タイムアップになる頃にはぶっ倒れていることだろう。
だからこそ、あと一撃入れば倒れてくれるかもしれないところまで追い詰められた今だからこそ、この技を解禁したのだ。
そして今、黒のキングの拳は弾き返され、宙に舞っている。
(もう……ここ、しか、ない!!)
追い詰めた今だからこそ行った技だが、黒のキングの体が限界に近いのと同じく、俺の体も限界に近い。なぜだか活力がみなぎっているようにも感じるが、体からの出血量的にこれ以上動けるわけがない。アドレナリンが脳から出てきて痛みを感じなくなっているとかそういうやつだろう。
とにかく、互いに限界状況の今、先に大きな一撃を与えた方が勝つ。一撃を与えると言う条件において、俺の反射による弾き返しは、こちら側に絶大なアドバンテージをもたらした。
左腕が後ろへ弾け飛び、上半身が上へ反り返る黒のキング。誰がどう見ても、たとえその人間が兵士ではなくとも、これが大きなチャンスだと言うことだけはわかるに違いない。
誰がどう見てもわかるチャンス。そこに俺は体の半分を後ろにそらし、左拳をぐっと握りしめた。
せっかくのこのチャンスに、力のない攻撃はしたくない。が、体へのダメージ的にこれ以上力を込めると、逆に暴発してしまう可能性がある。
ならばと俺が選んだのは、力を入れなくても大きなダメージが出せる方法の1つである遠心力だ。
テレフォンパンチ気味な軌道で発射されるこのパンチは、普通の状態では当たると思えない。というか当たらない。
特定の状況下でのみ効力を発揮するパンチであり、その特定の状況下とは、まさに今だ。
当たる確率はほぼ、いや間違いなく100パーセント。なので今、集中することは狙いを定めることではなく、ちょっとでも遠心力が大きくなるよう、体を捻ることだけだ。
着弾地点なんてどうでもいい。とりあえず当たれば倒れる。
少しの安心と心の中で膨らみつつある勝利への期待。それらが高まるのと連動して、黒のキングへと近づいていった拳は、見事に空を切った。
「なっ……」
何があった。と言葉を溢すのより先に、俺の視界には、俺の拳を避けるべく、体を前かがみにした黒のキングの姿があった。
(馬鹿な!? さっきまで上半身が反れた状態だったんだぞ!? よりにもよって下に体を下げるのが間に合うわけが……)
考えている間にも、黒のキングの行動は止まらない。まだこちらの拳が戻りきらないうちに、カウンターをアゴに合わせて発射してきた。
こういう時、もう片方の空いている腕を使ってガードしたいが、あいにくなことに残った右腕はズタズタ。動けと脳から神経に信号を伝達してもピクリとも動かない。左腕が自分の手元に戻らない限りは、これを防ぐ手段は無い。
(終わっ――――)
次の瞬間、アゴを砕かれる感触とともに最後に見た光景は――――
(あれ、は……)
いつぞやの、紫のオーラを放っている黒い正方形だった。