一撃
使うとなったら、判断は早い方が良い。
そう思った俺は、間髪入れずにすぐさま行動を開始した。
(黒剣はもう壊れた……だが、念じれば生み出される機能はまだなくなっちゃあいない!!)
俺は自分の手の中に来いと念じ、バラバラになった黒剣の破片たちを右手の中に集める。
黒剣は確かに役目を失ったが、黒剣の中に内包された性能は失われていない。よって、姿かたちはボロボロになろうとも、ボロボロになった黒剣自体は生み出すことに成功した。
「むんっ!」
そのまま破片たちを右拳の中にギュッと握りしめ、今一度黒のキングに向かって突進する。
さっきから突っ込んでは離れ、突っ込んでは離れの繰り返しであり、少しは絡め手を使えと思われるかもしれないが、お互いにわかっているのだ。単純なパワー同士の殴り合いにだけは下がりたくない。同じような戦闘スタイルの者同士だけがわかるプライドファイトがそこにあった。
「次は正真正銘……本気でいくぞ!」
もう次は無い。そう言わんとばかりに、反射、エリアマインド、そして自分の肉体に宿る全闘力エネルギーを始めて右拳に乗せた。
――――
僕、黒のキングは久しぶりの試合を存分に楽しんでいた。
胸の中からじゅんと、ずっとずっと長い間満たされなかったものが満たされていく感覚がする。
普通の敵と戦うだけでは、ここまでの充実感は得られなかっただろう。田中伸太と言う、僕たちの力に迫る実力者と戦うからこそ、ここまでの充実感が胸を溶かしているのがわかった。
(懐かしい……満たされる……が、満たされても満たされても心に穴が生まれる……初恋のようなこの感覚……)
そうだ。忘れていた……
(僕の初恋は……血みどろの殺し合いだった!)
神奈川派閥のことなど1ミクロンも考えず、むしろ殺し合いのこと以外は何も考えず、ただ敵をどうやって殺すかだけを考えていたあの頃。そこかしこで血が花火のように舞い散る光景を何よりも愛していた至福の時間。
僕はなんて愚かな人間なんだ。運命の赤い糸で結ばれた思い人のことを、何十年間も忘れていたのだから。
次世代のキングだとか、神奈川派閥の未来がだとか今はどうでもいい。ただ戦わせてくれ田中伸太。もっと来てくれ田中伸太。僕にその力を見せてくれ。
力を見せてくれる分、僕は初恋の味を思い出すことができるから。
僕の気持ちに呼応するように、伸太は右拳に多量のエネルギーを込め、再び突っ込んできた。
(わかる……わかるぞ!!)
右拳に集約されたとてつもない量のエネルギー。間違いない、あれは今の田中伸太と言う生き物の全て。全エネルギーを込めた一撃だと、直感で確信した。
さて、ここで僕に与えられた選択肢は2つ。
今から向かってくるであろうこの一撃を回避するか、ぶつかり合うか。
(いや、選択肢にすらならないか)
僕は伸太の右拳に対して、こちらも右拳を全力で握りしめる。
これを回避するなんてもったいない。全身で味わうべきだ。
(さぁやろう、思う存分に!!)
――――
「ふうう……」
思いっきりぶん殴る。ただ思いっきりぶん殴る。もうこれしかない。
生半可な攻撃では簡単に回避されてしまう。なら、闘力で強化された肉体で腕の振りをスピードアップさせればいい。
単純に攻撃の初速を速めればいいのだ。回避できないほど速く、一撃必殺の拳を叩き込むしかない。
ただ問題は相手が真正面から勝負してくれるかどうかだが、黒のキングなら乗ってくる。そんな確信が俺にはあった。
そしてその確信に答えるように、黒のキングはファイティングポーズをとり、その右拳をぐっと握りしめた。
(だよなぁ!! 勝負するしかないよなぁ!!)
さっきも言ったが黒のキングは俺と同じ感性を持ち、同じような能力を持っている。
だからこそこの勝負に乗ってくるとわかっていた。自分がもし黒のキングと同じ立ち位置になった時、自分も勝負に乗ってしまうと思ったから。
そして、黒のキングの右拳から溢れ出る威圧感から、黒のキングも本気で来てくれているとわかった。
(へっ……そっちもか……!)
後はもう、ぶつかるだけだ。
「ああぁぁぁぁああぁぁ!!!!」
「ぜあぁぁああぁぁぁぁ!!!!」
お互いに、喚くように叫び声を上げ……
拳と拳を、衝突させた。
時間が、止まる。
衝突した時の炸裂音はなく、ただただ無音だった。
風を切る音も、人の声すらも聞こえない。違和感を感じるほどに無音の世界が生成される。
――――次の瞬間。
金属と金属がこすれる音を何倍にもした音が当たり一面に響き、人を簡単に吹き飛ばせそうな突風が巻き起こり、2人を中心にステージ全体を包むレベルの大きなクレーターが発生。クレーターのひび割れにより形成された大きめの瓦礫は衝撃によって浮き上がり、白い砂が2人を包み込むように膨張する。
ステージの屋根は湯葉かと思うほど簡単にめくれ上がり、地面も皿を動かされた豆腐のようにグラグラと揺れる。
やがて膨れ上がった白い砂は小爆発となり、何かの糸が切れたように破裂する。
空の雲が変わるほどの爆風とともに、白い流砂で消えかかっていた2人の姿が明らかになった。
そこには……