一般人とチェス隊
3人称視点です。
経験VS思考。考えつくされた脳と経験と感覚が交差するこの戦いの外側では、さっきまでブーイングをかましていた兵士を含めた観客とチェス隊メンバーが、驚愕を含んだ瞳で観戦していた。
特にチェス隊メンバーはその驚愕度が大きいように見える。
その理由に、戦う前のメンバーたちの印象として、田中伸太を下に見ていたことが挙げられる。
白のビショップである王馬沙月を倒し、黒のポーンに戦い方を教え、黒のキングに指名される。これだけで十分に、いや十二分に強いイメージはある。
だが結局のところ、見たり体感してみたりしないとわからないのが人間と言う生き物だ。
田中伸太のことを強いと認識してはいたが、さほど強くはないと、一部を除いた全員が思っていたのだ。
要するに、『強いだろうけど、自分よりは強くないだろう』と言う考え方になってしまっていた。
がどうだ。自分より強くないと思っていた田中伸太は、黒のキングとともにものすごい速度で四方八方に飛び回り、至るところで拳と拳の炸裂音を響かせている。
「紫音……見える?」
「見えないことは無い……けど、点としてしか認識できない」
神奈川派閥のエリート部隊であるチェス隊から見て、点でしか認識できない。それはつまり、一般人からすればどこにいるのかもわからないような速度で動いていると言うことだ。
一般人ならともかく、神奈川が誇るトップクラスの化け物たちがほぼ見えない速度で動いている。これがどれだけ異常か、わからない人物はいないだろう。
特に驚いていたチェス隊メンバーの中でも、黒のクイーンである斉藤美代の驚き方は、他のチェス隊メンバーと比べて群を抜いていた。
「まさか……上! 右……っ!」
その時の斉藤美代の動きはいつもの斉藤美代らしくなく、黒のキングと田中伸太の動きを何とか黙視しようと、まるでコーヒーカップのように、右へ左へ頭をぐりんぐりんと回していた。
(スキルの関係上、接近戦は得意では無いけど……これはさすがに……)
そう思っている合間にも、閃光のように動く2人はステージの真ん中へ移動。さっきまでの高速移動はなりをひそめ、真っ正面での打ち合いが始まる。
先手を取ったのは田中伸太。左のジャブで黒のキングの体制を崩しにかかる。
ただ、黒のキングも決して譲らず、細めの腕をボクシングのガードのように立て、きっちりとガードしてきた。
「うわっ……凄い音……!」
どこからかそんな声が聞こえる。おそらくだが、黒のキングのガードと田中伸太の拳がぶつかった音に対してだろう。
確かに、肉同士がぶつかり合う音で、まるで金属同士がぶつかったかのような重低音を出せるのはすごい。それだけ一撃の威力が重いと言うことなのだから。
でもそれ以上に……
「すごいね! あの速度で2回も殴っちゃうんだから!」
「! ええ……」
横から硬城蒼華が言葉をこぼしてくる。周りをチェックした感じ、2連撃に気づいているのは、私と硬城蒼華だけのようだ。
チェス隊メンバーの中でもトップオブトップである私たち2人でしか認識できないほどの速度で動く田中伸太のレベルは、果たしてどれほどのものなのだろうか。
ゴクリと唾が喉を通った。