大事なタイミングを逃した
出番。そう言われた時、俺はなんとなく、プロモーション戦への出場を予感した。
しかし、それは予感に他ならない。確定ではないため、目の前にいる袖女に聞かない手はない。
そう考えた俺は、一応の確認を取るため、袖女に話しかけた。
「……出番ってなんだ?」
「……聞いてなかったんですか?」
「その時俺外いたもん」
「一応外からでもステージ外周についてるモニターで知れるんですが」
「屋台の飯に夢中だった」
そこまで問答を繰り返すと、袖女は大きなため息を1つついた。
「はぁー……まぁなんというか、あなたらしいと言うか……」
袖女はこちらにもギリ聞こえるくらいの声量で、ぼそぼそと言葉を溢す。
「……私のプロモーション戦が終わった後、緊急で休みがとられて、その間に司会者から発表があったんですよ。黒のキングと戦う最後の1枠は、田中伸太に決定しました……と」
「……へぇ〜」
「へぇ〜って……真面目に聞いてるんですか? こんなの間違いなくこれからの人生で1度もないですよ?」
袖女がそう言って再度ため息を吐く。
確かに返事だけ聞けば腑抜けているように感じるかもしれないが、俺の心の中はその逆。ふつふつと、小さな火種が大きくなっていくかのごとく、闘志が膨らみ続けていた。
選ばれた理由はわからない。しかし、そんなことはどうでもいい。
「……ああ」
だってそうではないか。こんなにも大きなお祭りで、おあつらえ向きな会場を用意して、その最後。大トリを務めさせてもらえるのだ。
(そして……対戦相手が黒のキング)
ここまで燃えるシチュエーションがあるだろうか。もしかしたらあるかもしれない。だが、その瞬間だけは間違いなく俺は世界で1番の幸せを得ることになるだろう。
これで燃えない男は男ではない。本能が戦えと叫んでいた。
燃え上がる闘志に、思わず拳を握りしめる。それに呼応するように、待合室にあるテレビから、司会者の声が聞こえてきた。
『さて! 重大発表もあったところで、第8試合、白のポーンVS黒のルーク……と、行きたいところだったのですが……白のポーン、海星大河の一身上の都合により、不戦敗となります。観客の皆様もご理解のほどよろしくお願いいたします』
しかし、テレビ越しに伝わってきた司会者の言葉は俺の耳には届かず、椅子に腰掛け、黒のキングとの戦いに備えていた。