あ?
ステージの中に入る前に感じた変な雰囲気。それは俺がステージの中に入っても変わらなかった。
(なんだ……?)
動物園の観賞用動物を見るかのような視線には、何者なんだと品定めする感じではなく、あれが噂の……と、確信めいた感じがした。
「俺の名前が意外と広まっていたのか……?」
俺は一応、神奈川男性ランキングでは上位にランクインしている。なのである程度有名になっていてもおかしくは無いのだが、それならもっと前から見られているべきだ。
今このタイミングで急に注目されるのはおかしい。何かあったと考えるべきだ。
(む……わからん)
いつもならもう少し考えたんだろうが、今の俺の脳内は食べ物のことで脳のキャパシティの大半を使ってしまっていて、何かあったのかと深く考えることができなくなってしまっていた。
(とりあえず、個室に戻って食べるたこ焼きが楽しみだ!)
「少し急ぐぞ! ブラック!」
「ワウン!」
数秒でも早く個室に戻るため、俺は足の回転速度を早めた。
――――
俺は時間的にはすぐに……体感的にはようやっと俺がプロモーション戦を観戦していた個室にたどり着いた。
しかし、俺が出た時とは少し違う点が1つ。
「ん?」
「…………」
個室の扉の前には袖女が立っていたのだ。
別にそれ自体に驚くことは無い。袖女のプロモーション戦が終わった今、もう袖女はたいしてやることはないからだ。
ただ袖女の焦った表情からは、何か不穏めいたものを感じる。
「……何かあったのか」
しかし、だからと言って袖女から身を隠す理由にはならない。俺は特に工夫もすることもなく、個室に向かうため、袖女からも見える位置へズカズカと移動すると、袖女もさすがに俺の存在に気がついたのか、こちらに視線を向けると、女の子らしい小走りでこちらに近づいてきた。
ただ、その顔はかなり焦っていて、額からは汗を滲ませていた。
「何やってんですか! もう!」
「……は? 別に個室に戻ろうとしているだけだが?」
俺と話に来ただけなら、俺を見つけた第一声が「何やってんですか!」は明らかにおかしい。……もうこれは確定だな。俺が買い出しに行っている間に、俺に関する何かが起きた。そしてそれは、その時ステージにいた人全てが驚愕するものだったのだ。
(何があったのやら……)
「なぁ、一体何が……」
「ほら! みんな待ってますから!」
相当急いでいるのか、俺に質問させる暇も与えず、手首を掴んでズカズカと引っ張ってきた。俺の足元にいるブラックは混乱しつつも、俺と一緒に袖女の向かう先へとついてきた。
(一体全体何なんだ……)
そこから数分後、たどりついたのはプロモーション戦前の兵士が準備のために使う待合室。
「…………」
(まさか……)
ここに連れてこられて、まだよくわからないとか言うほど俺は鈍感な男じゃない。ここに連れてこられた時、なんとなく1つの答えが頭に浮かんだ。
「……おい袖女。これって……」
「ほら! "もうすぐ出番"なんですよ! シャキッとしてください!」
プロモーション戦への出場。それが頭をよぎった。