予想外
黒のクイーン視点です。
「…………」
ドーム内、関係者以外は立入禁止の医療室につながる通路。その通路は清涼感を出すためか、床から壁まで全て真っ白に塗装されており、そこはかとない特別感が感じられる。
そんな特別感のある通路を、私は無言で歩いていた。
「…………」
無言のため、通路内に響く音は足音のみ。ハイヒールのせいか、通常よりも甲高い足音が響く。
プロモーション戦の真っ最中にもかかわらず、なぜ特設席を出て医療室につながる通路を歩いているのか。それではもちろんのこと、イズナの戦いが関係していた。
(……勝てると、思っていた)
浅間ひよりを舐めていたわけではない。本来の実力も訓練による実力のアップも、全て計算に入れた上で、余裕を持って勝利できると踏んでいた。
この戦いを通して、浅間ひよりの心を壊し、イズナを通して田中伸太に接触すれば、自分の拠り所を浅間ひよりから実妹であるイズナに変更させることができる。そう考えていたのだ。
しかし、結果はご覧のありさま。プロモーション戦に勝利することが前提だったこの作戦は、見事に出鼻をくじかれる形で頓挫したのだ。
それ自体は別にどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、作戦の1つ失敗した程度でカッカしているほど私は暇ではない。
イズナの安否の確認を確かめるのもあるが、喋れる状態にある場合、これからの方針を決めるためだ。
先に言った通り、作戦が頓挫したこと自体は仕方がないと割り切るしかない。しかし、これからのこと、次なる作戦については割り切れないのだ。
白のポーンであるイズナと、黒のクイーンである私。同じチェス隊とはいえ、立場上の格差は大きい。
そんな2人が頻繁に個室で何かをしていると知られると、余計な面倒を引き起こしかねない。
よって、大怪我をしているようなので様子を見に行きたいと言う自然な名目でイズナに会うことができるこのタイミングで話し合うのがベストなのだ。
もちろんのこと、意識が戻っていなければ仕方がない。が、意識が戻っている場合、ここまで自然に出会えるチャンスは片手で数えるほどしかないだろう。
(大変なものね……味方にも敵にもバレずに行動すると言うのも……)
考えつつもハイヒールを鳴らし、医療室のドアが見えてくると、何の脈絡もなくドアが開き、白衣を着た姿の女性が廊下へと現れた。
その女性の容姿はとても特殊で、150センチほどしかない身長に腰まで伸びた黒髪のおかげで目元が見えず、彼女を医者だと印象付ける白衣はダボダボで手元は萌え袖状態になっている。
「へ……ふへへ……」
その女性は長く伸びた髪のせいか、まだ私の存在に気づいてはいないようで、ドアの前でスマホを白衣のポケットから取り出し、にやけ顔で画面をスワイプさせていた。
「……ずいぶんと上機嫌ね? 絵理子」
「へ……あ、み、みみみみ美代!? 痛づっ!!」
白衣の女性は目線をスマホから私に移動させると、その存在に驚いたかのように動揺し、体を後ろに探らせる。もちろんすぐ後ろにはドアがあるので、頭をがつんとドアに激突させ、うずくまってしまった。
「はぁ……あなたのそういうところはまだ治っていないのね」
彼女の名は蒲鉾絵理子。私の同期で、白衣からわかるように我が神奈川派閥の医者であり、その中でも総医療長という医療班の中での完全なトップに立つ存在だ。
それだけを聞くと超絶エリートのように見えるのだが、実際のところはこのように根暗で冴えない性格をしている。髪を切れといったことが1度あるのだが、本人曰く、めんどくさいし、前髪がないと落ち着かないとのことだ。
「う、うるさいわね……! ネットで読んでる少女漫画の更新があったから読んでただけよ!」
「だとしても、今は勤務中よ? 仕事が終わってから読んではどうかしら?」
「ぐ……それは……この世界が悪いのよ。『薬指にキスをして』の更新がある日に仕事を作ったこの世界が……」
「……はぁ」
その上、少女漫画が大好きである。それだけならまだ良いのだが、仕事中にもこのように隠れて読んでしまうと言う依存っぷり。少女漫画が好きなこと自体は否定しないが、医者と言う人の命を扱う仕事にありながら、その仕事中に読むのはいかがなものか……
「何よそのため息は!」
「……少し疲れが溜まってるだけよ。問題はないわ。それより、田中イズナの容態は?」
私からその言葉を聞くと、なんだそれを聞きに来たのかと言いたげな不服そうな表情を浮かべ、スマホを白衣のポケットにしまい込み、私に田中イズナの容態を説明し始めた。
「問題ない……とは言えないわね。むしろ重症。あばらもイカレてるし臓器にもかなりダメージが入ってる。顔面にも何発か入れられたおかげで歯も数本持っていかれてるし、アゴの骨も砕けてる。意識はあるけど、とても会話なんて無理よ」
……どうやら、今すぐこれからの方針を立てるのは難しそうだ。