死闘の後
制限時間ギリギリの戦いを終えた私は、医療班の言うことを聞かず、血まみれになった体でステージ上を歩き、観客席からは見えない出入り口をくぐっていた。
「…………」
私の戦い、その始まりを告げた出入り口。思わずこの出入口からステージへと出た時の記憶がフラッシュバックする。
(確か……この辺で身震いがして……緊張しだして……)
思い出なんて大層な言葉を使えないほど最近の記憶に浸っていると、出入り口の奥からゆらりと人影が現れた。
人影は明確にこちら側に近よって、姿かたちを少しずつあらわにしていく。
「……よ」
「……あ」
その姿は私が何度も見た姿。黒目黒髪に身長は高く、体型はがっしりとしていて、右手にはレジ袋を抱えていた。
他の何者でもない。彼だった。
「どうだ? 初めて自分のためだけに戦った感想は?」
さすがとしか言いようがない。まさかそこまで把握されているとは。
田中イズナも得意としていた相手の心を読む能力。ここだけを見るとさすが兄弟だなと感心してしまう。
「……初めての感覚でした。自分の強さが形として目で視認できたような……そんな感じです」
私のなんとなくの感想を聞いた彼は、一瞬だけ顔を破顔かせると、再び私に言葉を投げる。
「それでいい。自分のために戦うってことは、自分の強さと相対するってことだからな」
そう言いつつ、彼は右手で持っているレジ袋の中を、左手でガサゴソと弄り、中にあるものを取り出す。
それは透明な液体が入った少し大きめのフラスコ。それがいくつも、まるで安物のように無作為に取り出された。
しかし、私はそれが安物のように扱われて良い代物ではないことを知っている。
「そ、それって……」
「ん? 上級ポーションだが……なんだ?」
上級ポーション。それもおそらく神奈川製。チェス隊である私ですら、大阪派閥に潜入する時にしか与えられなかった代物だ。
それが1本や2本どころではなく、十数本もレジ袋の中に入っていた。
「どこから……」
「そんなことどうでもいい。頭からかけるぞ」
私の返事など待たず、フラスコの栓を次々と外し、湯水のように私の頭にかけていく。
そのおかげか、いや間違いなくそのおかげだろう。疲弊しきっていた体からはみるみるうちに活力が漲り、傷口は時間が倍速しているのかと思うほど早く塞がった。
あらかた傷が塞がったのを確認すると、最後に彼は私に2本、上級ポーションを渡してきた。
「残りの2本は飲め。そうすりゃ歩ける程度には回復するだろ」
それには賛成だが、私にはそれよりも聞きたいことがあった。
「あの……」
「なんだ?」
「……私……勝ちました、よ?」
大舞台で大勝負に勝利したのだ。ねぎらいの一言ぐらいもらっても……
「おう。そうだな」
しかし、彼は私の思いとは裏腹に、まるで勝って当然だろうと思っているんじゃないかと錯覚してしまうほどの真顔。
それにはさすがの私も思わず肩を落とす。思い出してみれば、戦闘のことについて褒めてもらったことなど、今まで一度もなかった。
「じゃ、そろそろお前は特設席に戻れ。俺も個室に戻る」
そう言って、彼はクルリと踵を返し、出入り口の奥へと消えていく。
(……しょうがないですね)
貰えないものは仕方がない。気持ちを切り替え、彼を見送ろうとすると、背中を向けていた彼がこちらに振り向いてきた。
そして一言。
「……良くやった」
それだけを言い残して、彼は暗闇の中へ消えていった。
「……っ!」
ドクン、と心臓が跳ねる。顔が赤くなっているのを自分でも感じる。
(ずるいなぁ……もう)
たった一言で、心をこんなにも乱してしまう。