変わらない
勝つ。その執念とともに、私は魔方陣が完全に展開しきる前に行動を開始した。
行動といってもやることは単純。掴まれている両手をぐにゃりと捻り、私の拳を掴んでいる手を角度を、田中イズナにとって力の入りづらい位置に変更するだけ。
単純だが、その分効力は絶大。田中イズナは今頃、さっきまで力を入れていた腕に急に力が入らなくなっているのを感じ始めていることだろう。
「ふんっ!」
「嘘……!? 力が……!!」
そのまま掴まれていた拳をこちらに引っ張り、拳を脱出させる。田中イズナもそれに対抗し、力の入らない腕に無理矢理力を入れ、なんとか踏ん張ろうとしていたが、それも虚しく、私の手を、しかも両手とも脱出させる形になった。
両手を脱出したことで、田中イズナと私の立ち位置は超至近距離になる。完全に私の土俵だ。
(今ならもろに入る!!)
結界が発動する直前、私の拳を離してしまったせいか、田中イズナ自体腰が引いてしまって、すぐには対応できない姿勢になっている。完全にフリーの状態に加え、田中イズナの傷だらけになった今の肉体では、腹に一撃入るだけでダウンするだろう。
それに対して、私はすでに攻撃態勢に入っており、次の瞬間には攻撃が射出されていることだろう。
やっと手に入れた同等以上の優位。かといって魔方陣の展開はもうすぐ終わる。2発目は期待できない。
長い長い、25分間の末に手に入れた一瞬の優位状況。
全力全開で、今出せる最高の一撃を入れる。
「死ね!!!!」
思わず口から出た処刑宣告に連動して、私の足が既に整っていた攻撃態勢、砲台から発射された。
足は腕に比べ、4から5倍の筋力の違いがある。もちろん腕と足では用途が違うため、単純な計測はできないが、威力の高さだけで言うなら、人間の身体において、足より強い威力を放てる部位はない。
その分、着弾速度が遅かったり、振りが必要だったり、防がれるとその後の体のバランスに支障がきたりデメリットは大きいが、フリーでヒットする今なら問題はない。着弾速度も問題ない範囲のはずだ。
そして、私の期待を裏切ることなく、足は腹にヒット。田中イズナの口や鼻からは血が多量に吹き出し、足から感じられるゴキゴキと硬いものが折れるような感覚が感じられる。
……が、田中イズナは倒れない。
体中の穴という穴から血を吹き出しても、その両足だけは大地を踏みしめ、それ以外の体の部位を地面につけることを許さなかった。
何と言う執念だ。私に価値への執念があるように、田中イズナにも勝ちへの執念、いやここまでくると執着か。とにもかくにも、田中イズナは踏みとどまった。
「ぐううううう!!」
「ふぎぃ……」
2人揃って言葉ならない奇声をあげる。もう互いに体の限界を迎えている。
(ここで……ここで決めるんだ!!!!)
ここで決めきれなければ負けは確定する。私はどっちにしろ、ここで決めるしか勝つ道は無い。
私は己を奮い立たせ、田中イズナに向かって伸び切った足を引っ込め、両足で大地を踏み締め腰を曲げ、田中イズナに背中を見せる体制になりつつ、その後ろで右拳を強く握りしめる。
超大振りのパンチ。それが私の選んだラストアタック。
「だああああああああ!!!!」
腰を捻り、田中イズナに向けていた背中を元に戻す。その反動で撃ち出される閃光のような右。
対して田中イズナは無防備。その前のキックが明らかに田中イズナの行動を遅らせていた。
(明日はすぐそこなんだあああああ!!!!)
もう目と鼻の先、顔面へ着弾寸前。まばたきする程度の時間があればヒットするであろう距離まで近づいた田中イズナの姿は……
トンと地面を蹴る音とともに、後ろへと遠ざかった。
(……あ)
頭が、真っ白になる。
なぜ? どうして? そんな疑問符は疲弊しきった脳に届かず、ただただ距離を取られた目の前の光景を視認し、とある1つの結論を出す。
「あなたは……変わりませんねぇ」
敗北、と言う2文字を。
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