空中戦 その5
その一言。されど一言。
それだけで、振り上げた拳が無駄だったと理解しただけでなく、さらにもう一つ、理解してしまったものがあった。
(この……体の疲れも……)
さっきから急激に感じる体の疲れも、田中イズナの策略なのだと、本能的に理解してしまった。
(もはや決定的……! 後ろから聞こえたこの言葉は……後ろ?)
後ろから聞こえたと言うことは……
「まさか――――っ!?」
急いで後ろに振り向くが、時既に遅し。顔に感じる痛みとともに、至近距離に映る田中イズナの姿と、その右拳が自分の顔面に直撃しているのが視認できた。
「そぉらっ!!」
田中イズナの掛け声とともに、顔面に突き刺さった拳が完全に振り抜かれ、その勢いのままに私は空中からまっさかさまに落下し、地面へと激突した。
「ぐっ……げほっごほっ……」
「へぇ……まだ立ち上がりますか……」
激突した衝撃がまるでなかったかのように、すぐに立ち上がった私に田中イズナは驚愕の言葉を漏らすが、立ち上がった本人である私、浅間ひよりはそんな言葉聞いていられないほど切羽詰まっていた。
(危なかった……!! バリアを張ったからよかったものの……)
地面に激突するのは絶対に避けられない。ならば少しでもダメージを軽減するためにと、私は地面と衝突する直前、残りのオーラを体の表面に纏わせていたのだ。
おかげで体は地面とぶつかる前のままとはいかぬものの、体感70パーセントほどダメージカットされていた。
ダメージカットした後に気づいたのだが、そもそもその前にかなりダメージを受けてしまっていたので、今頃ダメージカットしてもさほど意味はない。
ただ、あれを防げなければ戦闘不能になっていたのは間違いない。
(とりあえず、私が下に、相手が上になっているこの状況は立場的に不利……もう一回飛んで、立ち位置を対等以上にしないと……)
「飛んで……? 何? あ、飛ん……な」
先ほどのように空中戦をするため、ジャンプしてそのままオーラの力で空を飛ぼうとするが、どういうことだろう。飛んでくれない。
オーラの力で飛べなくなる現象は、私も何度も味わったことがある。
だからこそわかるのだが、飛べなくなる現象はオーラ切れが起こった時しかありえない。
私のスキル『オーラ』はその総量、そして残量が感覚的にわかる仕組みになっている。
そしてオーラの残量は十分とは言えないが、まだまだ飛べる位の量はある。
(感覚的にはオーラが残っているはずなのに!?)
なのになぜ――――
「――ッ! あっぶ……!」
上から急撃に接近してくる気配を感じ取り、近づいてくるものを肉眼で確認せず、とっさに動かない体を無理矢理回転させ、なんとか回避に成功した。
回避した後、近づいてきた物体は一体何だったのかと、ついさっきまで自分がいた場所に目を向けると、そこには大量の剣がステージ上に突き刺さっていた。
(剣結界に切り替えた……?)
続いて田中イズナのいる空中を確認すると、さっきまであちこちに浮遊していた盾は消え、その代わりと言わんばかりに剣がそこかしこに浮遊していた。
その事実に、私は思わず歯ぎしりをして一言言葉をこぼした。
「舐めてるんですか……!?」
私がそう思うのも、自分で言うのもなんだが無理はない。盾結界に結界を切り替えてから、この戦いは明らかに田中イズナ側へと傾いたのだ。
剣結界より、盾結界の方が有効だと、馬鹿でも理解できるはず。なのにわざわざ有効ではなかった剣結界にするのは、明らかに舐めているとしか思えなかった。
――――
「バカが……調子に乗りすぎだ……」
俺はブラックとともに、個室のテレビに映る戦いを見て頭を抱えていた。
無数の盾に向かって無策で突進してきた所で、完全に調子に乗ってしまっていると分かった俺は、何とか冷静になってくれと無言で祈っていたが、その願いはもちろん届かず、疲弊した隙を突かれ、気がつけばステージ上に叩きつけられてしまっていた。
(こんなことなら、調子の乗り方もちゃんと教えておくべきだった……!)
人間が調子に乗るとろくなことにならないが、そうならないために、正しい調子の乗り方はしっかりと存在している。
調子に乗りつつも、冷静な思考能力を保つ……それが重要だと言うのに……
(とりあえず落ち着け……! 自分の置かれている立場を理解するんだ……!)
そんなことを思っている間にも、田中イズナは盾を剣に変え、袖女に攻撃を仕掛けてきた。
これは非常にいい選択だ。今の袖女は明らかに疲弊しているし、勝負を一気に決めるなら、盾よりも殺傷能力の高い剣の方が有効だ。
これらの理由から、回避されたとは言え、田中イズナはさっきまでの袖女とは真反対の冷静な思考をしていると言えよう。
疲弊した状態の袖女では、今の田中イズナに付け入る隙はない。まだ30分のタイムリミットまでは後10分強ほどある。ここは同じことの繰り返しだが、回避に徹し、体力の回復を待つべきだ。
いつもの袖女なら、これくらいのことわかるはず。
が、まさかのまさか、そのまたまさか、なんと袖女は田中イズナに向かって走り出したのだ。
「嘘だろ――――」
その先の言葉は出なかった。
ただ、テレビ画面には、剣に串刺しにされた袖女が映っていた。