透明結界
透明結界。そう聞いた時の私の反応は、ここ数年の兵士人生でもトップスリーに入るほどに機敏なものだった。
その場から離れようとしている足を止めず、体をかがませ姿勢を低くし、自由になった片方の腕とともに胸を中心に体をクロスさせる。完全な防御体制だ。
オーラをまとわせてさらなる防御力アップも狙えるが、私はあえてそれをしなかった。
理由は田中イズナの発言だ。私のオーラナックルに向かっている途中、田中イズナは『透明結界』と小さく呟いた。
田中イズナのスキル『結界師』は張る結界を指定して、その結界の名前を口にすることで、指定した結界を張ることができる超強力なスキルだ。
しかし、これから張る結界の名前を口に出さなければいけないと言う特性上、口から出る言葉をよく聞いておけば、ある程度次の動きを把握することができるのだ。
なので、さっきの『透明結界』と言う言葉。あそこから、何かしらが透明になる結界だと予測できたのだ。
透明になるだけなら、オーラを使わずとも十二分にダメージを抑えることができると考え、かつオーラ量も節約できるため、オーラを使ってガードしなかったのである。
なのでカードする。悔しいが、この一瞬で透明になる結界に対してどうにかするいいアイデアが浮かばなかったからだ。
(田中イズナがこれから張る結界の完璧な回答にはならないが……有効打にはならないはず!)
私の頭からとっさに浮き出た打開策。それは……
「ぐう!!」
ガードした胸に、ちょうど田中イズナの拳が着弾する形で実りを見せた。
(よし!!)
とりあえずでとった防御策。さらに後ろに下げていた足。これが功を奏し、ダメージをしっかりと最小限にすることに成功した。
それだけではない。田中イズナが私に攻撃する間、私は透明結界、その全貌を目にすることができたのだ。
(田中イズナにオーラナックルがぶつかろうとした瞬間……田中イズナ本人の姿が消えた……!! つまり……)
透明結界は周囲のものを透明にするスキルではなく、使用者を透明にすることができる結界で確定した。
しかし、透明にするだけならオーラナックルに着弾してしまう。なのにあたらなかったと言うことは、田中イズナの存在そのものが透明になっている可能性が高い。
(戦ったことがない難しい能力……戦いづらいことこの上ないが……!)
能力の全貌が分かった以上、勝てないことは無い。
(存在すら消える結界……突破する方法は……)
さぁ、次はこれを攻略する時間だ。
――――
伸太視点
(かなり難しいスキルだな……)
俺は空になったトレーを隣に積み上げ、個室のソファに座り込みながら、正面の小さなテレビに映る戦いを見て、田中イズナのスキルについて、自分ならどう攻略するか考えていた。
あの透明になる能力。袖女のオーラナックルをすり抜けて一撃を入れたところを見るに、大阪派閥で交戦した十二支獣である牛のスキルに近いものだろう。
(本当に牛と全く同じものなら、体を霧状にして散布しているはずだが……)
さすがに牛と全く同じというわけではないだろう。何かしら別のロジックで透明化を成功させているはず……
「……とにかく、戦いの中で検証していくしかない」
敗北に直結するスキルではないのなら、無視して一気にゴリ押ししても良いのだが、透明になって攻撃もすり抜けるとなると話が変わってくる。攻撃をノーリスクで入れるチャンスが増えるのだから、自動的にこちらの敗北を招く可能性が高い。
ここは時間をかけてでも、相手側のスキルを読み取った方が確実に勝利に近づくはずだ。
(まぁ、それは俺の場合……)
袖女なら、あの透明になるスキルのロジックも把握していることだろう。それなら俺のように時間をかける必要性はない。明確なスキルの弱点を突きまくればいいだけだ。
しかしまぁ……
(田中イズナ……ねぇ?)
俺はテレビに映る田中イズナの顔をじっと見つめ、一言言葉を放った。
「知らねぇなぁ……」