過去の記憶
強くない? そんなバカな。
田中イズナの発言を聞いた時、思ったことはその一言のみであった。
私自身、田中伸太と面と向かって会ったことがある。だからこそ言えるのだが、彼自身から放たれる威圧感は、18歳が見にまとっていいそれではない。
目と目があった瞬間、見ているこっちが気持ち悪くなってしまうような人間の悪意にまみれたオーラとともに、こちらを内側から覗き見られているような気分にさせられる。
まるで胸をえぐられて、心臓が脈動しているところを見られているかのよう。とにもかくにも妙に気持ち悪い印象を受けた。
その上、強さも相当のものだと考えられる。
証拠は最初に会合した時のこと。市ごとに設置されている支部に会議の報告書を提出しに行っていたおかげで、グリードウーマンの一派が神奈川本部を襲撃していたのにもかかわらず、到着するのにかなりの時間を要してしまった時のことだ。
体中から汗や血を吹き出し、彼に覆い被さるグリードウーマン。近くのビルの屋上に横たわっているチェス隊メンバーたち。
このことから、チェス隊メンバー何人かがグリードウーマンの一派と交戦の結果敗北し、その後に田中伸太が来たことが予測できた。
チェス隊数人を退けたグリードウーマンもさすがだが、それ以上に田中伸太の異質さ、強大さが肌身を貫いた。
(手抜きでスキル使って吹っかけても、苦しがっているふりをしていたし……)
これだけ見ると、弱い要素はどこにも見当たらない。もちろんスキルの関係上、弱点はあるにはあるのだろうが……それを差し引いたとしても、十分、いや十二分過ぎる強さだ。
「弱い……? そうは思えないけれど」
とにもかくにも、その弱さの秘密は田中イズナが握っている。それを聞かない限りは、いくら私の頭の中で論理をこねくり回しても時間の無駄だ。
「斉藤様の意見に同意します。彼はただ者ではない。戦歴がそれを物語っています」
凛の言う通り、威圧感だけではなく、神奈川派閥に来てからの短い間に築き上げた華々しい戦歴にも現れている。
しかし、田中イズナは凛の言葉を予測していたかのように、間髪入れず返答した。
「そう! そうなんです! 見た目も癖も食べるものも全部兄と一緒なのに、なんでか強さだけおかしいんです! だから何かあったんです。だから、助け出すために……」
(……助け出すために?)
私はまだ、田中伸太が黒ジャケットかもしれないと言う話を田中イズナにしていない。なのにもかかわらず、助け出すためにと言う言葉を使ったと言うことは……
(……私と凛の会話……こっそり聞かれてたか)
今考えてみると、誰が聞いているかわからない廊下で話すなんて、無警戒にもほどがある。やはりあの時の私は焦っていたらしい。
(くぅ……)
私は更なる失態にため息を吐きそうになるが、それを何とか堪えて気持ちをリセットする。聞かれていたものはしょうがない。それに、聞いていたと言うことは、この場合説明する手間が省けたとも考えられる。前向きに考えるべきだ。
そんな私の心の葛藤など、露知らず、田中イズナはどんどん自分の言葉を並べていく。
「……兄が神奈川派閥に来てからの居場所は、間違いなく浅間先輩になっています。一時的にでもいい、あれさえなくせば、兄の行動はかなり制限されるはずです。制限されれば、どうにかしようとする分、ボロを出す可能性が大きくなるはずです! 私が……私が兄の居場所を無くします!」
小さな白のポーンが放ったその一言には、露骨なほどに止めてみせると言う決意に満ち溢れていた。