救急箱
その言葉を聞いた私は、田中イズナの意思関係なく、了承の言葉を聞かずに手を掴み、執務室へと引きずり込んだ。
執務室へ行く途中、凛や田中イズナから何か声をかけられた気がしなくもないが、その時の私はそれどころではなかったので許してほしい。
「さて……着いたわね」
執務室に到着し、田中イズナと凛の方に目を向けると、凛はともかく、田中イズナの方は右手首を真っ赤にしながら、隊服を乱しはぁはぁと息を荒らげていた。
右手首の腫れと、息が上がったことによる顔の赤みで、見る人が見れば誰かに乱暴されたのかと勘違いしてしまうような姿になってしまった。少なくとも黒のクイーンの執務室に入れるような身だしなみではない。
「はぁ……はぁ……斉藤様……速い……で、す……」
田中イズナの話を聞くに、私は気づかぬ間に速歩きになると同時に、田中イズナの手首を強く握ってしまっていたらしい。
(しまった……)
黒のクイーンとして、戦闘中ならまだしも、普段の日常生活の中で同じチェス隊メンバーに危害を与えてしまうとは。
何たる失態。こんなこと二度とあってはならない。私は田中イズナを見つめながら、心の中で自分の有益になることを優先しすぎた醜い自分を悔いた。
「ごめんなさいね。ちょっと気が早くなってたみたい」
そう言うと、私は田中イズナに近づき、田中イズナの背丈に合わせるため、中腰になって乱れた隊服を整えていく。
「凛、棚から救急箱とってくれる?」
「お任せを」
後ろから少しの間、ガサゴソと棚をまさぐる音が聞こえた後、凛の手が背後からにょきっと伸びて、救急箱を手渡してくる。
「ありがとう」
「いえいえ」
私は救急箱を床に置くと、表面に取り付けてあるスイッチを入れた。
スイッチを入れた救急箱は、機械的な音を静かに鳴らしながら、その長方形の姿を変形させ始める。
変形し終わった姿はまるで手術室。長方形の物体がガパリと開き、真ん中にはベッドのようにふかふかな毛布が敷かれ、その周りの部分からは、機械のアームが合計4つ配備されている。
「ほら、ここに腕のせて」
私の命令通り、田中イズナは真ん中の毛布に腫れた手首を置くと、毛布単体がひとりでに動き、腫れた手首を包むように形を変える。
その次に、4つのアームが自動で動き出し、手首の腫れを治すための手術を開始した。
「治ったら……いろいろと話してもらうからね」
私はそれだけを言った後、田中イズナを来客用のソファまで移動させた。