スタート
「そうか……では、お前が超えるまで……待っているとしよう」
黒のキングは俺にそう告げて、表情を変えぬまま席を立ち、どこかに行ってしまった。おそらく、関係者専用の待合室にでも戻ったのだろう。そんなことを考察する必要性はないが。
『第3種目、終了ーー!!!! 約10分の休憩の後、皆さんお待ちかね、本戦に上がる成績優秀者を発表いたします! トイレは出入り口の横にありますので、トイレに行きたい人はこの間に――――』
黒のキングと会話している間に第3種目が終了してしまったらしく、第3種目の終了を告げる司会者の叫び声が耳をつんざいた。周りで声を無駄に上げる観客たちの声量も相まって、耳の鼓膜が破裂しそうだ。
「ウウ……」
俺の肩に乗るブラックは、人よりも耳がいい犬というのも相まってか、俺よりもよっぽど大きく聞こえるらしい。耳をパタリと閉じて、なんとか自分の耳に入ってくる雑音をシャットアウトしようとしているが、その行為はあってないようなものらしく、俺よりもよっぽど苦しそうだ。
(やはり連れてくるべきではなかったか……?)
とにもかくにも、これではブラックの耳がどうにかなってしまう。一度落ち着かせるためにも、ここはひとまずステージの外に出てクールダウンしなければ。
今から外に出てしまうと、残っている席の問題で、プロモーション戦の初戦には間に合わないかもしれないが、袖女の戦いさえ観戦できれば俺としてはそれでいい。もし袖女の戦いが初戦だった時は、戦いを観戦することすら叶わない夢になるが……今はブラックを優先するとしよう。
俺はブラックを肩から離し、手で抱くようにして席を立ち、ステージの外に出ようとすると、そこでとある人物とでくわした。
「どこに行こうとしてるんですか?」
「……誰かと思えば、お前か袖女」
そこには、こちらの席に向かおうとしていた袖女が、ステージから出ようとする俺に対して怪訝な表情を向けて立っていた。
「なんですかそのがっかりした感じの表情は」
「いや……ついさっきまでいろいろあったのでな……」
ついさっきまで、地位的には話すことすら叶わないであろう黒のキングと会話していたのだ。こうやって急に現れるように出てこられると、正直身構えてしまう。
「……それで、何で席を立ってるんですか? もうすぐ私のプロモーション戦があるんですけど」
「これを見て何もわからないのか?」
俺はそうして、腕の中でぐったりとしているブラックを、袖女に見せた。
「……ああ、なるほど」
袖女もそれに納得したのか、怪訝な表情はなりをひそめ、ブラックをいたわるような表情に変わる。
「この環境はブラックにとって、結構きついものだったようでな……だけど問題は無い。お前の戦いが初戦でさえなければ、それに合わせて袖女の戦いだけ観戦を――――」
「ちょっと来てください」
「――え? ちょ……」
袖女には何か考えがあるらしく、俺の手を急に掴み、どこかへと引っ張る。俺には手を離す理由も特にないため、そのまま引っ張られていった。