黒歴史
どぞ
袖女が意味不明な行動をとる少し前……
銭湯で体の疲れと証拠品を洗い落とした俺は、すっかり空っぽになってギューギューと鳴る腹を手で撫でつつ、エレベーターの浮遊感を全身で感じていた。
「腹減ったな……」
袖女の試合の観戦に、試合相手である海星大河の殺害。証拠隠滅もしたし銭湯にも入った。ここまで濃厚な時間を過ごしたのに、実はまだ午前中なのだ。
(もうなんか……このまま寝たい気分だけども……)
いつもよりも濃厚な時間を過ごしたことによる疲労感に加え、銭湯から上がったことによる眠気も相まって、袖女の部屋に帰って、このまま明日まで眠りたい衝動に駆られるが、午後からは黒のキングによる訓練が残っている。
まだ眠るわけにはいかない。眠るなら訓練が終わった後だ。
(腹ごしらえを済ませて……民間訓練所に行かないと……)
そう思っているうちに、エレベーターから降りた俺は、袖女の部屋の前にたどり着いた。
(今日はどうゆう戦法でいくか……そうだ。あの一瞬の攻撃に対応するカウンター戦法で……)
その時の俺は、袖女の部屋の前だと言うことも相まって、次に襲ってくる光景に身構えることすらできなかった。有り体に言うと、完璧に油断していたのである。
やがて、ドアが完全に開き、袖女の部屋があらわになると……
「お、お帰りなさい……にゃん」
猫耳に尻尾つけた袖女が、キツすぎてこちらの胸が痛くなるほどの語尾を口から発した。
後から聞いた話だが、その時に俺はリアルに1分動かなかったらしい。
――――
そして時は現在に戻り……
「……何やってんの?」
「え……あ、いや……嬉しいかなって……」
本気で何をやってるんだこいつは。試合に勝てた反動で頭がおかしくなってしまったのだろうか。
一瞬、本気で精神科医に連れて行く考えが頭をよぎったが、その行動をとるのはまだ時期尚早だ。しっかりと袖女の状態を確認し、理解した上でどうするか判断しなければ。
「……大丈夫か? 今どんな気持ちだ?」
「見ないで」
(……ん?)
「俺がいない間、何かあったか?」
「見ないで」
(おっと?)
「……袖女」
「見ないで」
「……猫耳つけた感想を教えてくんね?」
「見るなああああああぁぁぁぁ!!!!」
袖女の黒歴史が1つ、増えた瞬間であった。