動乱
「一体何が……?」
私の執務室でいつものように仕事をこなしていると、手元にあるスマホから緊急着信が入った。そこまでは何とも思わなかったが、スマホの画面の奥で焦ったように話す職員の声色に何か不安めいたものを感じ、電話の奥で話す職員の指定通り、医務室の入り口まで歩いて行った。
すると、そこにあるはずの医務室の入り口が、立入禁止の札と2人の警備員によってせき止められていた。
医務室がなぜ立入禁止になっているのか、疑問に思った神奈川兵士何人かが警備員と話している様子が何度も見受けられた。
(医務室が立ち入り禁止になるとことなんて、1度もなかったからね……疑問に思うの当然でしょう)
医務室は神奈川本部にある唯一の医療施設である。この戦争の時代において、医療施設と言うのは派閥の心臓に等しい。当たり前だが、そんなに簡単に心臓が止まってしまっては派閥が死んでしまう。
長期の工事や何かがあってはいけない。なので、定期的なメンテナンスを欠かさず行ってきたのだ。そのおかげで、医務室の入り口に立入禁止の札が貼られるなど、今の今までなかったはずなのだが……
(それほどの何かがあったのか)
いてもたってもいられず、医務室の出口へと体を進めて、警備員に話しかけた。
「黒のクイーン。到着したわ。で、何があったの?」
それに対し、警備員は背筋をぴんと伸ばして敬礼をとった後、少しの焦りと喜びを孕んだ声で言葉を綴る。
「黒のクイーン。詳しい事情はこの中に入ってからでお願いします」
警備員は私に医務室の中に入るように促してくる。こういう時はいつも警備員等の他の人物がドアを開けてくれるものだが、2人の警備員にはドアを開けようとする気配が感じられない。
(……周りに見せられないような何かがあるってことね)
医務室の出口はもちろんのこと、廊下に存在している。廊下は他の神奈川兵士も利用するため、私のために開けたドアを横から覗かれる危険性があるのだ。
つまり、それぐらい用心してまで、騒ぎにしたくないものと言うことだ。
私は警備員たちの心理を読み取り、医務室のドアを自分が入れるギリギリまでだけ開き、中をチェックすると……
「……っ!? これは……!!」
そこはまるで事件現場。医務室の中はめちゃくちゃに荒らされており、床には透明な粉のようなものがばら撒かれている。
そんな医務室の中には、数人の警察と、椅子の上でガタガタと震える医務室の先生だけが残されていた。
そして全員、ドアを引く音で私が入ってきたことがわかったらしく、全員の視線がこちらを向いていた。
「黒のクイーン。お疲れ様です」
私が黒のクイーンだと気づくやいなや、警察たちの責任者らしき人物がこちらに近づき、敬礼をとった後、社交辞令をその口から発してきた。
「お疲れ。で、これは何?」
私はそれに対して、適当な言葉を返した後、医務室のこの光景はなんだと問いかけた。
「はい。医務室の先生から連絡が入りまして……来てみたらすでにこの状態で……」
「なるほど、先生が第一発見者ってわけね」
私は部屋の隅で震える医務室の先生に話を聞くため、医務室の先生に向かって歩いて行く。床に散らばる砂のようなもののせいで、歩くたびにジャリジャリと音が響く。まるで砂浜を歩いているかのようだ。
「……先生。話を聞いてもいいかしら?」
「ひぃっ……わ、私は資料を取りに行っていただけで……帰ってきてみたらこんなことになってただけなんですぅ!! 私は殺してませんん!!」
「…………」
駄目だ。この光景に先生は今、気が動転している。まともな意見は聞けそうにない。
……だが、先生の『私は殺してません』と言う言葉に私は違和感を覚えた。
(殺された? 死体なんてどこにも――――)
と、その時、私は医務室に並んでいるベッドの中に、唯一カーテンがかかって隠されているベッドがあるのを見つけた。
「……ねぇ。あそこは何?」
そのベッドが気になり、近くにいる警察官にあれはなんだと尋ねる。
「あれは……見てみればわかります」
そう言われた私は、ゆっくりとカーテンで隠されたベッドに近づくと、カーテンをぐっと掴み、一思いにカーテンを勢い良く開いた。
そこには……
「……っ!? なんてこと……!!」
首に大きな穴が開き、物言わぬ人形になった同期、海星大河の姿だった。