中盤 その5
大増量したかもしれん。
(こんな……こんなバカな!! こんな奴に!!)
水のバリアを木っ端微塵に破壊され、訓練所の地面を砂ぼこりを巻き上げながらゴロゴロと転がる中、私の脳内に浮かんでいた感情はその一言だった。
さっきまで圧倒的に優位、浅間の苦手な接近戦に持ち込み、そのまま勝ち切れると確信めいたものを感じていた。
なのに、水のバリアから超高密度圧縮弾を放った代償として、水の総量が大きく減ったところを狙われ、オーラナックルでバリアごとぶち壊された。
それ自体はまだいい。今考えてみれば、訓練で自分の不得意な部分を克服しようとするのは当然のことだし、それを克服したのは、チェス隊にとっても喜ばしいことと言えよう。
本来なら私も喜ぶべきところだが、それが今このタイミング、私と戦うタイミングで、しかも今までずっと下に見てきた浅間が強くなるのは、私の全てが許さない。
浅間は永遠に私の下にいなければいけないのだ。これは宿命であり、絶対にそうなければいけない。
(そうでなきゃ……)
「駄目なんだ!!」
私は両手を地面につけ、クラウチングスタートのような姿勢をとる。
「水質変形『犬』プラス『土竜』!!」
地面につけた両手から水が発生し、水で作り出した大量の犬と土竜が地面からその姿を現す。水で生み出された犬と土竜は訓練所を照らす光が反射し、自分で作っておきながらなんだが、なんとも美しい仕上がりだ。
「行けっ!!」
私は生み出された犬と土竜たちに、攻撃命令を飛ばす。犬は機敏に動く体を使い、不規則な円を描きながら接近し、土竜は地面にもう一度戻り、どこから出てくるかわからない不意打ちを狙う。
そして、本体の私は迷うことなく猛ダッシュ。蛇たちを盾に、もう一度接近戦を仕掛ける構えだ。
だが、水獣が変わったとは言え、さっきとほぼ一緒の動きには変わりない。
「同じ手……なら!!」
(きた……!!)
浅間は案の定、さっきのように拳を後ろに下げ、円盤投げのように、自分を中心に拳を回転させる。
無論、犬たちにその攻撃をどうにかする力はなく、このままいけばさっきの二の舞になることは確定だが、腐っても私はチェス隊だ。さっきと全く同じ手は食わない。
「『破裂』!! からの水質変形『球体』!!」
浅間の攻撃が着弾する前に、犬たちをあえて自分から破裂させる。地面を通して作られた犬たちは、わざわざ水を地中に通して、温度を上げた水で作られた水獣だ。
通常より温度が上がった水で作られた犬たちが、自分から破裂したことにより、空気との温度差で水蒸気が発生する。
そんな犬が数十体もいたため、もはやそれはただの水蒸気にとどまらず、大きな霧となり、浅間の視界を阻害する。
それに加え、先に放った浅間の攻撃が消えたわけではないため、水のバリアを使ってしっかりガードした。
しかし、この水蒸気の弱点として、相手の視界を塞ぐことはできるのだが、それと同時に私自身の視界まで塞いでしまう弱点がある。
(その弱点をカバーできるのがこれだ!!)
「水質変形『蛇』……」
私はスキルの効果によって、少し大きめの蛇を数匹、両手のひらから気づかれないように呼び出す。何を隠そう、この蛇たちがこの状況を突破できる切り札であり、水蒸気によって生み出された霧の弱点をカバーできる唯一の存在なのだ。
(頼むよ……!!)
蛇の体には、ピット器官というものが存在する。
簡単に言うと、蛇にしか搭載されていないワンオフ機能で、熱を感知し赤外線で周りの温度を見ることができる器官だ。
つまり、この蛇たちだけが、水蒸気の霧の中に紛れる浅間を見つけることができる唯一の存在なのだ。
「あっ……移動し始めた!」
そう言っている間に、蛇たちは浅間を見つけることに成功したらしく、一直線に浅間がいるであろう場所に向かっていく。
(いた!!)
やがて、浅間が私の肉眼でも確認できるほどに近づいた蛇たちは、いまだに周りが見えていない浅間に向かって、一気に噛みつこうとする。
しかし、そううまくことは運ばなかった。
なんと、浅間は全く違う別の方向を向きつつも、まるで蛇のいる位置がわかっているかのように、最小限の動きで回避したのだ。
(これすら……回避されるの!?)
前までの浅間なら決まっていたであろう攻撃。それを回避されたことに、浅間への苛立ちをさらに深めつつも、そんな浅間を短い期間でここまでの領域に成長させられる田中伸太の訓練を受けてみたいという思いがより一層強くなる。
だから、そのためにも負けるわけにはいかないのだ。
「こい! 土竜たち!!」
私は事前に土の中に潜らせていた土竜たちに、地面の外に出るように命令を出す。
「な!? これはっ」
土竜たちは浅間の足下に見事に絡みつき、身動きを封じることに成功する。
意外かもしれないが、私は用心深い性格だ。蛇たちの攻撃が回避されることを見越して、2本目の矢を用意しておいたのだ。
そして、攻撃するのも蛇たちではなく……
「私だ!!」
霧の中を駆け抜け、万全の体制を整えた上で、霧の中から姿を現した。
その右手に、水でできた巨大な剣を持って。