試合開始
どうぞー!
……変だ。
視界がとても狭く感じる。さっきまで訓練所にいたはずなのに、辺り一面真っ黒の闇。しかし、唯一、海星さんだけはその真っ暗闇の中でも視認できていた。
(音は……)
周りの音に耳を傾けると、訓練所の外、周りを取り囲む観客スペースからうるさいほどの人の声が聞こえる。
(うるさい……)
そう思うと、それに応えるように、ゆっくりゆっくりと、主の口から放たれる騒音が徐々に小さくなっていく。聞こえなくなっていくと言うより、騒音の原因が聞こえなくなるはるか遠くへと離れていく感覚に近い。
(それにしても、この人の量は……)
私1人の試合にここまで人が集まるわけがない。おそらく、彼と訓練所で訓練していたところを見た兵士たちが、彼目当てで集まったといったところだろう。
(……彼のことでしょうから、こんなに人が集まるとは想定していなかったんでしょうけど)
彼は頭が切れるくせに、自分の評価が低めなせいで変なところで凡ミスをする。私の部屋の前にあんなに人が集まったのも彼のせいだし、それのせいであんな演技をする羽目になるし……
(全く、退屈しないなぁ……)
彼は私の人生から退屈を吹き飛ばしてくれる。ちょっと忙しくなるけれど……
だから、彼と過ごした時間を、数週間でも無駄だったと思いたくない。
だから、勝たなきゃ。
――――
「あの、私、青葉里美って言います! 神奈川本部での戦いの時はありがとうございました!」
「私も……如月紫音って言います……あり……がとう……」
「奥山日菜って言うんだな〜。よろしくなんだな〜」
チェス隊メンバー内に合流すると、俺を含めた6人の内、赤髪ショートカットの自己紹介、そして神奈川本部のグリードウーマンとの戦いにいた2人からお礼を言われた。
正直、俺が駆けつけた時には2人とも気絶していたので、お礼を言われても……というのが俺の感想だが、チェス隊メンバーに恩を売れたのは好都合だ。ここは素直に返しておこう。
「ああ、別にいいよ。結局、3人とも怪我しちゃったんだし」
「でも、何かお礼を……」
(ほう? なら――――)
「……じゃあ、1つ質問。最近黒のクイーンと話した?」
「いえ? 全く」
「同じく……」
「あ、私も話してないよ!」
「私もなんだなー」
「……え? わたくしも……? ……はぁ、話しておりませんわよ」
(……ふむ、そうか……)
あの対談の後なら、他のチェス隊メンバーと話す時間が十分に取れるので、チェス隊メンバーの誰かに俺の事について話すと思っていたのだが……嘘をついている様子もない。少なくともこいつらではないと言うことか。
「何が気になるの?」
「……いや、聞きたかっただけだ。すまない。今日俺と話したことは内密に頼む」
最後に俺と話したことを他の人間に話さないように釘を刺した。ここにいるチェス隊メンバーは、王馬を覗いて俺に多少なりとも恩がある。ベラベラ喋ったりはしないだろう。
「あ! そういえば聞きたいことがあってさ! ひよりとの関係は「さぁみんな観戦しようか!」……ちょっとー!」
それだけは言ってたまるか。
そう思った瞬間、試合開始の宣言がなされた。