急な遭遇 その2
俺にとっても、袖女にとってもまずい。
俺にとって、チェス隊と遭遇するのは実にまずい。あの対談の後、黒のクイーンがチェス隊メンバーの誰かに俺のことを話した可能性がないわけではないし、もし聞かされていたら面倒臭い。
もしこの考えを見ている人間がいるとしたら、俺にとってまずい理由は理解できるが、なぜ袖女にとってもまずいのか、そう問いかけてくるだろう。
そう感じる理由は単純に、プロモーション戦で戦うことになるチェス隊メンバーに今の袖女の強さを確認されるためだ。
現在、袖女に有利に働くアドバンテージは2つある。
1つは袖女の今の強さ。俺の想定では、今の袖女なら黒のナイトぐらいなら何とか勝てるレベルにまで成長している。これは間違いなく相手を驚かせ、少し前とは違う袖女の戦いぶりに振り回されることになるだろう。
もう1つは袖女への油断だ。今の海星大河がそうであるように、袖女の過去を知っている者はどんな人であろうと力を抑えて戦おうとする。悪く言えば、袖女は弱いという固定概念があるのだ。
そこに漬け込み、一気にマックスパワーでゴリ押す。それがうまくいけば、たとえビショップであろうがルークであろうが勝つことが可能だろう。
しかし、それは諸刃の剣。一度使ってしまえば二度と使用することはできない。たった一回だけ振り抜くことを許された制限付きの剣だ。
俺はあえて袖女が持っているアドバンテージを2つに分けて説明したが、実のところ、1つ目に紹介したアドバンテージはあまり意味をなさないだろう。
理由は簡単、相手の地力と袖女の地力の差だ。
確かにこの数週間、休みなしで俺お手製訓練をこなし、確かに強くなった。しかし、それはあくまで急造した力。兵士として強くなるための力ではなく、プロモーション戦に勝利するための力だ。
地力が全く上がっていないとは言わないが、他のチェス隊メンバーが長い時間をかけ、ゆっくりと積み上げてきた力は間違いなく才能を凌駕する。
(……俺がそうだったようにな)
袖女の力を砂の山と例えるなら、他のチェス隊メンバーの力はレンガ造りの城。頑丈さは歴然だ。
故に、2個目に説明したアドバンテージがなくなってしまえば、袖女の力など通じはしない。あまりにも簡単に、完膚無きまでに叩きのめされてしまう。
そもそも、チェス隊同士の戦いとはいえ、ここまで観客スペースに人が集まるとは思いもよらなかった。
(また俺のミスか……)
俺もまだまだだなと天を仰ぎつつ、了承する理由がない旋木天子の誘いに断りの返事をする。
「すまない。それは――――」
――否、しようとした。
(……まてよ? そもそも、観戦している時に俺がデマの情報を流せば……)
断りの返事を入れようとした瞬間、俺の脳に電流が走る。それと同時に、口の中に炭酸を含んだような爽快感が襲ってくる。脳のシワ1本1本に糖分が流れ込む。
試合で見せる袖女の動きに、俺が何か理由をつけてネガキャンすれば……袖女の評価を上げることなく乗り切れるのでは?
これさえ、頭の中に流れ込んできたこれさえクリアすることができれば……
(このミスを帳消しにできる……いや、お釣りが出てくる!)
そして、その作戦を実行するためには旋木天子の誘いに乗らなければならない。そう理解した時、俺は反射的に口を動かしていた。
「ああ、わかった。一緒に観戦しよう」
俺のバトルが始まる。
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