急な電話
時刻も深夜。既に袖女は隣で爆睡し、俺はソファに腰掛けていつものルーティーンに興じていた。
「……ふぅ」
しかし、その番組もついに終わりを迎え、エンドロールに突入。エンドロールは見ないタイプの人間なので、そのタイミングで一息ついて、ソファの背もたれにのしかかる。
(覚悟してたことだけど、なんだかんだ神奈川派閥でもやることが多いな……)
黒か白、どちらかのキングになるための神奈川派閥への乗り込みについて、誰かから疑われて時間を取られる……そこまでは想定していたが、まさか袖女のコーチになるとは思わなかった。
(それにキングがあんなに強いは思わなかったなぁ……黒のクイーンもまだまだ実力を隠してそうだし、キングになれるのはもう少し先になりそうだ)
さらに、白のクイーンにはまだ出会えていない。都市伝説レベルの存在だとは聞いていたが、まさか神奈川本部にもいないとは思わなかった。
それに加えて黒のクイーンからの俺への疑い。誰かから疑われるのは想定内だったのだが、黒のクイーンの疑い深さと執念には驚いた。まさかこんな短時間で対談を持ちかけてくるとは思わなかったし、その対談で奪われた情報もある。
何よりも、対談が終わった後の俺を見る目。あれは疑いが晴れた目とはとてもかけ離れており、むしろこちらへの疑いがかなり増した気さえする。
(……もうしばらくは神奈川派閥に滞在することになるか……?)
しかし、俺の心に焦りの感情は一切なかった。
藤崎剣斗の体で生活していた時とは違い、タイムリミットはない。キングになるその時まで神奈川派閥に居続けることができる。これだけで俺の心にかなりの安心感をもたらしていたと同時に、周りの人間の前で匂わせをしたおかげで、袖女の部屋に滞在していることがバレてもさほどダメージはないのもデカい。
この2つの理由のおかげで、心の平穏を保ちつつ、キングへの道のりを一歩ずつ一歩ずつ歩んでいた。
(近づけている感覚はないが、キングに向かって歩いていけているのは間違いない。のんびり行くか……)
ソファがそのまま寝てしまえと誘惑してくるが、俺はそれを振り切り、体を持ち上げ、いつも通り袖女を持ち上げようとした時、それは起こった。
プルルルルルルル!!
「……電話? 一体だれから……」
いつも通りのルーティーンの中、そのルーティンを崩すかのように、俺のスマホから鳴り響いた着信音。
俺の電話番号を知っている人物は限られている。電話番号を教えた人物などたった1人しかいないし、俺の予想はその人物だ。できれば予想が当たっていて欲しいのだが……
万が一、全く別の人物からの着信だった場合、話が変わってくる。
(どうだ……?)
俺はいまだに着信音が鳴り響くスマホを指の先っぽでつまみ、恐る恐る画面を覗き見る。自分で言うのもなんだが、ここまで恐る恐る自分のスマホに電話をかけてきた相手を確認する人物は俺が日本で初かもしれない。
「…………」
画面に映る相手の名前を見て、俺は……
「……よかったぁ〜」
口からぼそりと言葉をこぼし、さっきまでの用心深さが嘘のように、圧倒的な速度で電話に出た。
「もしもし……」
『よう。久しぶりじゃな』
「そこまで久しぶりじゃないけどな。ハカセ」
電話の相手は予想通り、俺の今を作り上げてくれた存在、ハカセだった。